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カンタレラ 細長い回廊はどうやら礼拝堂に繋がっていたようだ。 鳥が両翼を伸ばした様な構造の礼拝堂には、 七色のステンドグラスが夕日の光を通し、講堂の中は黄昏色に染められていた。 「インテグラ、遅かったですね。待ちくたびれましたよ?」 穏やかな笑顔のレオナルドが椅子から立ち上がり、インテグラを見る。 「レオナルド!無事だったのか!」 ほっとして力が抜けかけた。 「大変なんだこの城には何者かの手が入っている。 ハインケルに伝えて、一旦装備を整えてから・・・」 レオナルドの姿を認め、駆け寄るインテグラの言葉を遮り、落ち着いた声で答える。 「ハインケル?・・・あぁ、あの黒眼鏡の神父ですか。 ご心配には及びませんよ、私がきちんと状況を伝えてありますから。」 「・・・そう、か。実は地下牢に死体があって、それで・・・。」 「・・・おや、あの子に会ったのですか? 地下牢に閉じ込めてしっかりと鍵を掛けておいたのに。 ・・・不思議な事もあるのですね。」 思わず駆け寄る足を止めて、レオナルドを見る。 レオナルドは相変わらずこちらを見て微笑んでいる。 今、レオナルドは何と・・・言ったのか。 ・・・・鍵を掛けた?地下牢に? 「聞き間違いではありませんよ、インテグラ。 私が地下牢に閉じ込めて殺したんです。 息子を、レオナルド・ジャコモを。」 「?・・・何を言っているんだ、レオナルド。 お前はここにいるじゃないか?」 「私は、レオナルドの父親のフランシス・ジャコモですよ。 麗しい、サー・インテグラル?」 インテグラの頭の中は混乱を極めていた。 (レオナルドは私と年はそんなに違わない。) (父親だとするならば、どうしてこの様に若いままなのか?) 「要するに息子を殺して自ら吸血鬼になった。 ・・・・という事だろう?フランシス。」 徐に口を開いたアーカードに、フランシスの視線が移る。 「・・・そう、貴方だ。 貴方をこの城へ呼び寄せる為に私は手を打ったのです。 わざわざあのヴァチカンに情報を流すと共に、多額の支援までして。」 うっとりとアーカードの四肢を舐めるように見渡し、舌なめ摺りをする。 「何の為だレオ、・・・・っフランシス。 ・・・私とアーカードを嵌めたのか!」 「何の為?・・・っははは。 愚問ですね。私の愛しい妻をこの世に呼び戻す為ですよ。」 腰掛けていた椅子の様に思われたのは棺だった。 白い、花の装飾が美しく施された棺。 それをいとおしそうに撫でながら狂気じみた笑みを浮かべる。 「私はどうしても死んだ妻を生き返らせたかった・・・。 老衰で死のうが、病気で死のうが、それは私にとって受け入れ難いものでした。 到底許せない、あってはならない事なのです。 私を置いて、先に死んでしまうなど・・・・絶対に。 そんな時に思い出したのが若かりし頃に足を踏み入れた この城の禁忌、カンタレラの研究、吸血鬼の育成だったのです。」 インテグラが失くしたファイルを手に噛み締める様に呟く。 「カンタレラが荒廃した農村から女・子供を素材としていた事はご存知ですね。 ・・・彼らは捕らえた吸血鬼と妊婦、つまりは赤ん坊の細胞を使って 吸血鬼を人工的に生成する事に成功したのです。 ただ、当初は母親という形代の中で育成される化け物は殆どは成長する事は無く 生まれてからは硝子瓶の中でしか生きられない脆弱な者だったようです。 それでも何とか終戦直前までにはミレニアムとの密通によって 知能をもった、成長する吸血鬼を創る事に成功していました。 終戦の光が射しだした頃、私の義父が指揮する小隊によって殲滅されましたが。 それらの研究全ては義父の、ひいては私の管理物となったのです。 カンタレラの吸血鬼の育成方法は身の毛もよだつものでしたが、仕方ありません。 妻もそれを望んでいるはず・・・。」 おもむろに閉じられていた棺の蓋が持ち上げられ、 永久の安らぎに身を任せた中年の女性が眠っていた。 フランシスはその薄桃色のスカートの裾から小さな瓶を取り出した。 それには例の不可思議な魔方陣が描かれ、液体で満たされている。 「まだまだ理想の成長段階には至っていませんが、紛れも無い私のイレーヌ。 真祖の血と肉によって完全な人間になれるのです。」 目を閉じ、頬擦せんばかりに愛しむその姿は、まさしく異様だった。 「・・・・・・狂ってる!!」 吐き捨てるようにインテグラが叫ぶとフランシスの目が憧憬を帯びる。 「あぁ・・・懐かしい。 レオナルドもそう言っては私を罵りました。 計画を知った息子の反発は大変なものでした。 ヴァチカンの枢機卿にまで、私のしようとしている事を密告する程だったのです。 だから閉じ込めた。そうですね・・・・半年くらい前でしょうか。 貴女にも経験はあるでしょう? 悪い事をすると親にクローゼットに閉じ込められる。」 「牢獄とクローゼットは違う!お前のした事は殺人だ!」 叫ぶように異形の男に言葉を叩きつける。 一瞬真顔になった男は、腹を抱えて笑い出した。 鳥肌が立つような、ぞっとする笑い。 「息子もじきに生き返らせますよ、私の妻の後に。 そうすればあの子も解るでしょう。私のやる事が正しかったと。 家族がもう一度揃うのです。尽きぬ命を授かって。」 静謐な空間に不死者の笑い声が響く。 「この祭壇の奥に本当の研究の設備があるんですよ、皮肉なものでしょう? 神に祈る神聖な場が地獄への入り口だなんて。」 日常的な会話でもするようにレオナルドは笑う。 片手で指を弾くと、ステンドグラスから差し込む夕日の光が激しく強いものとなった。 それに伴って、光を背に受けるフランシスの影がインテグラへと音も立てずに伸びる。 インテグラの影を取込むかの様に体ごとフランシスの元へと強い力で引き寄せられる。 「なっ!?・・・影がっ!」 「吸血鬼に影はできませんよ、インテグラ。 貴女の方が吸血鬼に対してよくご存知なはずなのに、何をふざけた事を。」 子供に言い聞かせる様に静かに優しく語りかける。 それと同時にアーカードの足元に不規則な魔方陣が浮かび上がり、 最凶にして最狂の従僕の男の体が青白い光を帯びて拘束される。 アーカードが凍りついた様にその場に立ち竦むのをインテグラは信じられない目で見ていた。 「アーカード!アーカードっ!!この馬鹿っ! 何してる、早く助けろっ・・・・っうぁ!」 「無駄ですよ。彼の足元には結界が張ってありますから、 夜族である限り体が言う事を聞くはずが無い。 いくら足掻いても無駄ですよ。」 クロムウェルを解放しようにも体が言う事をきかず、 不死者の王の殺気を体躯から放ちながら、フランシスを睨みつける。 その視線は決して外さず、常人であれば発狂しそうな底知れぬ怯えを齎すものだった。 「貴方には自らの主人が女として耐え難い目に合うのを見ていただくが、 安心なさって下さい。その数百年という命も、もう直ぐ絶えるのですから。」 アーカードの眼に僅かに怯み、フランシスは引きずり込む影の速度を落とした。 「私の、私だけのレディ・カンタレラ。 もうすぐルクレツィアの再来と讃えられた私の妻がこの世に蘇るのです。 久遠の命と、永遠の美しさと、私の愛を持って!」 歌劇でも諳んじている様にそれはそれは嬉しそうにレオナルドが語る。 「真祖・アーカード、貴方こそが私が待ち焦がれた存在です。 そこいらの吸血鬼では、ゴミの様な者しかできなかった。 真(まこと)のミディアンである、貴方ならきっと私の望むものが手に入るに違いない。」 浮かび上がった魔方陣の中でもがく男を嘲りを込めた目で見つめる。 「インテグラ、貴女はイレーヌの形代として使って差し上げましょう。 真祖を従える血の束縛で妻は完璧に生き返るはず。 ・・・そうだ、サー・インテグラル? 貴女にはただ死んで頂くだけでは気の毒ですので、 貴女の愛しい父君を蘇らせて差し上げましょうか?」 必死で引き摺られるまいとしていたインテグラに、信じられない言葉が掛けられた。 「英国にまだ体の一部でも残っていれば、容易い事ですよ。 墓を掘り返さなければならないのが面倒ではありますがね?」 長椅子にしがみ付いていたインテグラの顔から急激に覇気が無くなる。 指から力が抜け、成すがままに影に引き摺られてゆく。 俯き、諦めた様なその姿に、フランシスは笑みを深くした。 ずるずると音を立てて、影ごとフランシスの元へいざなわれる。 太陽の輝きを閉じ込めた様な、見事な金髪を持つ処女が再生をもたらす。 そして死の無い悠久の時の流れに、我らは身を委ねるのだ。 「救えぬ馬鹿が。我が主に手を出そうなどと。」 目の前から聞こえた冷え冷えとした声に、フランシスは目を見張った。 インテグラの纏っていたコートが形を歪め、巨躯を誇る男の影が出来上がってゆく。 「小僧、楽に死ねると思うなよ。」 「なっ・・・なにいっ、何なんだっ!?」 恐怖に顔を歪めてフランシスは叫ぶ。 「私には姿、形などは関係ない。例え無機物であろうとも私の血によって創られる。」 見る見る間に、目が幾つもある黒犬が形を成し、フランシスへと飛び掛ってきた。 「っ・・・・イレーヌ!!」 とっさに避けようと身を翻した隙に、 取り落とした硝子瓶の生物の名を、絶望に顔を歪めてフランシスは叫んだ。 ガラスの砕ける尖った音が講堂に響く。 一瞬の事に気を取られ、フランシスの影が霧のように掻き消えた。 「貴様らぁ・・・・殺す!!殺してやるっ!!死ね!!」 全身を激しく震わせながらインテグラの方へ飛び掛った。 すると、待っていた様にインテグラの手がフランシスの腕を勢いよく掴んだ。 「・・・・くも」 インテグラの目には辛辣な光が宿り、地獄の業火のように揺らめいていた。 「・・・よくも私の父を愚弄したな。」 懐から法儀済のナイフを取り出し、フランシスの目に突き立てた。 呆けた様に流れる刃を軌跡をその目に焼付け、不死者の男の左目は光を失った。 叫び声をあげる間も無く、アーカードがフランシスの上に圧し掛かった。 瞳孔を蛇の様に収縮させ、首元に狙いを定める。 フランシスは目から抜き取ったナイフでアーカードの心臓を一突きしたが、 鮮血が迸るばかりで、不死者の王に堪えた様子は無い。 それどころか、目を煌々と光らせて嗤う。 アーカードの背からは、闇を纏わせた腕が何本も伸びていた。 バスカヴィルの黒犬が群れをなして壁を駆け回り、 講堂の壁を覆うように灯された燭台が何本も倒され、イレーヌの眠る棺にも倒れこんだ。 止める間も無く火は四方に燃え上がり、 防腐処置を施された女の肌を撫でるように焼いていく。 フランシスは渾身の力でアーカードを引き剥がし、叫びながら棺の元へと駆け寄る。 その声はもはや人だったとは思えぬほど常軌を逸し 興奮して頭に血の昇っていたインテグラの頭を冷やすほどだった。 なおも縊り殺そうと、執拗に後を追うアーカードの足元に縋りつき インテグラは寸での所で従僕の手綱を握り直した。 「待て!アーカードっ!」 アーカードはぎらぎらとした獣の目を光らせながら、主人を睨みつける。 「・・・・何故止める、インテグラ。 あの糞の様な男はアーサーすらも馬鹿にしおったのだぞ!」 憤怒の咆哮をギリギリで押さえ込み、アーカードは舌打ちをする。 ふとインテグラが棺を見ると、音を立てて棺の周りまで燃え始めていた。 フランシスは棺にしがみ付き、自ら炎に包まれている。 燭代からこぼれた油が床にまで撒き散らされ、飛び飛びで講堂内にも火が広がっていく。 インテグラは思わずフランシスの肩へ手を伸ばし、棺から引き離そうとしたが 炎の中で、棺の一部の様にしがみ付きピクリとも動かない。 焼けた両手をアーカードに捕らえられ、講堂の隅へ投げ飛ばされる。 思い切り投げ飛ばされ、頭を強打した衝撃でインテグラは意識を失った。 アーカードは燃え上がるフランシスの頭を片手で持ち上げ、 鋭い牙で喉元を切り裂こうとしたその時、フランシスの唇が僅かに動いた。 それは炎の揺らぎに掻き消される程小さなか細い声だった。 「なぜ、なぜ・・・私は間違った事はしていない・・・・。 貴方だって、愛しい女が先に死にゆく悲しみを知っているはず。 私はその間違いを正そうと・・・・しただけ・・・。」 瞳からは血の涙が溢れ出し、アーカードの手袋を濡らす。 「永遠などというものはこの世に存在しない。」 瀕死のフランシスの言葉を遮り、吐き捨てる。 燃え移った炎がアーカードにまで侵食の火を伸ばし、 この世の理を侵す男達をとぐろを巻いて包み込む。 アーカードの言葉を聞いたフランシスは、微笑を浮かべていた。 「・・・貴方にもう一度、愛しい者の死を差し上げます。 化け物殲滅機関の局長としてはこれ以上良い死に場所はないはずですよ。」 そう言って、フランシスは棺の装飾の一部を最期の力で叩きつけると 遠くで金属が激しく擦れ合う音と共に、爆音が城内に響いた。 |
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