カンタレラ

何重もの錠の封印を解き、錆びた鉄格子をくぐる。
夜も明けきらぬ中で、暁を背にそびえる城は海に溶け込みそうなほど黒い。
海風が頬を撫で、潮騒がどこか遠くに聞こえる。

外門をくぐって直ぐに、石造りの中規模の建物が建てられていた。
窓という窓の縁には鉄格子がはめこまれていて、入り口は目の前の扉ひとつ。
インテグラをはじめ、レオナルド、アーカード
そしてハインケルはヴァチカンから神父数名を引き連れて来ていた。
「この中に城の大門の鍵が納められているはずです。」
レオナルドの一言でハインケルが顎で建物をさす。
指示を受けた神父隊が先頭を切って扉を開けた。
埃が音も立てずに視界一面を染める。

離れ小島に建てられたこの古城は、
中世にこの地を治めていた大公が海戦の要所として利用していたらしい。
第二次世界大戦が始まる直前に、国が権利を買い取り
カンタレラの研究施設として機関へ譲り渡した。
周りが水に囲まれている為、吸血鬼が外に逃走できず、自然の檻となった。
大戦が終戦すると同時に放棄され、また国が管理する事となったが
おそらく終戦以来、誰も足を踏み入れていないのだろう。
管理とは名ばかりで、ずっと放棄されていたに違いない。

半世紀ぶりに外の空気を取り込んだ部屋の空気は異様に重い。
「ここは一体何だ?」
「ええと、資料によると・・・
ここは研究の為の材料を一時的に保管していた倉庫の様です。」
「・・・・材料とは・・・。」
「無論、生きた人間でしょうね。
カンタレラの研究素材は主に、婦女子でした。
戦争で荒廃した農村から女子供を連れて来てそのまま素材にしていた様です。」
手元のファイルを見ながらレオナルドが重々しく答える。
成る程、硬質な部屋の部屋の割りに
女性物のクローゼットやランプが置いてある。
色あせて破れたカーテンが風にゆるく波打つ。
静かに踏み入れたインテグラたちは、手近な布で口を塞ぎ中を探す。
薄闇の中で、レオナルドがランプに火をともす。
「屋敷から持ってきたんです。」
ぼうっと朝闇の中、インテグラ達の顔がオレンジ色に照らされる。
穏やかな炎に緩く伸びる影を部屋に馴染ませながら、
インテグラはアーカードを引き連れて調度品をしまう棚を音も立てずに探す。
付き従うアーカードは相変わらず蒼白の顔で影もできない。
顔を上げたインテグラは、ちらりと目の端に淡い桃色のドレスの裾が掠めた気がしたが
ふいに隣で探していたレオナルドが声をあげた事で気を取られた。

「この鍵ではないですか?」
「・・・あった、見つけたぞ!」
ファイルの文献と照合しながら、インテグラは赤錆を帯びた鍵を受け取った。
突如、アーカードが急にインテグラの腰を抱き、部屋から押し出した。
手の中の鍵の埃を払っていたインテグラは驚いて取り落としそうになった。
慌ててハインケルとレオナルドも後を追いかける。

石造りの部屋を出ると、先程よりかは幾分か朝日が城を照らし出していた。
「アーカード、急に何だ。驚くだろうが。」
「日が高いうちに帰るぞ。私には無害だがお前らの精神が持つとは思えん。」
この男にしては珍しく小声で耳に話しかける。
「とにかく夕暮れまでには帰るぞ、いいな。」
躾の良く出来た子供の様に日没までに執拗に帰りたがる従僕に
インテグラは微かな驚きと胸騒ぎを覚えた。
夜族の力が最大になる夜に、
不死者の王が其れを待たずに屋敷へ帰るというのだ。
「何してる、先へ進むぞ!」
ハインケルの苛立った声にインテグラは慌てて神父隊の元へ走りよる。
「どうしたのですか?何かあったのでは?」
レオナルドが心配そうにインテグラへ声を掛けて来たが、
悪戯に動揺させる必要は無いので黙って首を振る。
それでも何か言いたげな視線が城に入るまで続いた。

大門を開け、中庭へと足を踏み入れると
崩れかけた城壁がところどころ苔に覆われ、
かって狭いながらも花が植えられていたであろう花壇も野草で覆われていた。
既に枯れているであろう大きな井戸も苔むしていて、
中から塩の微かな香りがしている。
「・・・思ったより城内は広いな。」
仁王立ちになったハインケルは腕を組んでうなった。
岸壁とまではないが、この城の直ぐ横には
海が飛沫をあげて打ちつける高台の上に建てられていた。
小さな小島に沿うように建てられた城には大門が一つ、
大門の両端には門塔が設けられており、うち片方は半壊状態になっている。
兵士の寄宿舎であっただろう建物が中庭の端に点々とある。
その近くに古ぼけた井戸が一つと最奥に主塔が聳え立っている。
この要塞を調べきるには、最低でも丸二日はかかる。
たった一日では到底無理だ。

「ここは三手に別れて城内を探索しましょう。」
レオナルドがところどころ焦げた地図を広げる。
「成る程、・・・そうだな、そうしよう。
入り口付近の部屋はハインケル、礼拝堂近くは私とレオナルドで。
アーカード、お前は隠し部屋がないか調査しろ。
仮にも昔は一国一城の主だったんだ。それぐらいできるだろう。」
「・・・・・。」
アーカードは、信じられんとでも言うようにインテグラを見下した。
「私一人で行ってもいいが、お前とレオナルドを一緒にはさせられん。
「これは命令だ、アーカード。」
「・・・・・・認識した。我が主。」
牙を僅かに覗かせ、威嚇をする様にレオナルドを睨みつける。
驚いて固まったレオナルドにインテグラは優しく微笑みかける。
「レオナルド、行くぞ。」
据えた目で睨みつけるアーカードを背にインテグラはすたすたと歩き出した。

別れて一時間程歩き回った頃だろうか、
礼拝堂付近の部屋を一つ一つ見て行ったが、何も無い、普通の部屋ばかりだった。
吸血鬼研究のケの字も見当たらない。
置かれたままの机の上には本や書類が散乱していたが、
特に変わったものは見当たらなかった。
それに何せ、とにかく部屋数が多い。
これを虱潰しに見ていくとアーカードの言っていた
日が落ちるまで、夕暮れまでにはとても帰れそうにない。
手に持ったファイルをもう一度見直す。
エントランスから回廊まで
隠しカメラのように様々な物を写しながら城の奥へと進んでいる。
先程見た階段を通り過ぎ、白衣を着た男達の足元を写し、
インテグラの進む方向へ確実に写真の中では進んでいる。
ふと前をみると、廊下の向こうまで、小さい扉がいくつも続いている。
時刻はもう正午を指していたので、城の中は光が届くようになっていたが、
ある一部屋だけ、明かりが扉の隙間からまったく出ていない部屋を見つけた。
離れた所にいたレオナルドも気付いた様で、
インテグラを庇う様にして先に扉を開けた。

ゆっくりと扉を開けたその先には、作りは他の部屋と同じだが
小さな肖像画が一つ、正面に飾られていた。
部屋の中には、それだけ。他には何もない。
色彩からして、どうやら女性の肖像画のようだ。
薄桃色のドレスに身を包み、柔らかい微笑を浮かべている。
それは光が乏しいこの部屋の中で淡く光っている様だった。
「?・・・・あれは・・・」
壁に飾られた女の肖像画をよく見ようと近づいたインテグラは、
瞬間、目の前が真っ暗になった。
地に着いていたはずの足が、体が、奇妙な浮遊感を感じた。
インテグラの真下の床が音を立てて抜けたのだ。

!?・・・・・落ちるっ!!

自分の体が漆黒の闇に包まれていくのを感じ、耳鳴りがした。
レオナルドの自分の名を叫ぶ声が遠くに聞こえた。