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カンタレラ 「・・・さっきから何を笑っている、アーカード。気味悪いぞ。」 身を寄せる様に書類を覗き込むアーカードにインテグラは気色ばんだ。 「いや、何。懐かしい名を見つけてな。」 すっと、マチネ色のサングラスを外し、縁のフレームでその名を指し示す。 相変わらず顔は例の笑いを張りつかせたまま。 「チェーザレ・ボルジア」 「なに?」 「私が死んで直ぐに会った男だ。 あの頃は枢機卿として父親の手足となって働いていたな。 ・・・・最も、その地位にそぐわぬ様な行動ばかりしていたが。」 「ボルジアって・・・、近親相姦で有名な一族か?」 「それは周りの政敵が作り上げた風評だ。 少なくとも私が見た限り、一族にはそんな気は無かったぞ。 公の妹君も魅力的ではあったが、私の趣味ではない。」 後半の一言をさらりと流して、運転席のハインケルに話しかける。 「で、そのボルジアが何か関係があるのか?」 「そのボルジア家の縁の人間が今回の情報提供者だ。」 ハインケルが窓を閉めながらインテグラに答える。 「歳は26。母方からボルジア家の血を継いでる。 軍に所属していて階級は少佐。 ヴァチカン政府へも金銭面での支援を行ってる。」 「そんな古くから続く名家が吸血鬼と関係があるのか?」 「古いからこそ、だ。“カンタレラ”は知っているか?」 「件のチェーザレ・ボルジアが政敵を破滅させる為に用いた毒薬だろう?」 「一般的にはそうだ。 だが、我々ヴァチカンが捜査した所によると ここトリノを拠点としていた、吸血鬼育成機関が“カンタレラ”という。」 「そういえば育成とはどういう事だ? ・・・生まれながらにして吸血鬼なんて人間はおらんだろう。」 「詳しくは今向かっている屋敷の主に聞け。」 言われるまま前を向くと、木々の中に白い外壁の大きな屋敷が見えてきた。 「ようこそ。遠い所を、よくおいで下さいました!」 赤毛にダークグレイの瞳をした男がソファから立ち上がり、 インテグラとアーカードを招き入れる。 貴族なのに腰の低い好青年だ。 ハインケルは万が一に備えて、部屋の外で待機する事となった。 「私の名はレオナルド・ジャコモと申します。どうぞお掛け下さい。」 使用人へ飲み物を運ぶようにいいつけると、 レオナルドと名乗った男は、向かいの椅子へ腰掛けた。 「貴女が、サー・インテグラルですね。 そしてこちらは・・・。」 「アーカードだ。最強にして最狂のアンデッド、私が従える従僕。 この屋敷に滞在させて頂く前に、輸血用の血液の確保をお願いしたい。」 「勿論、準備は整えてありますよ。 ・・・そうですか、貴方が真祖の吸血鬼・・・。」 興味深そうにアーカードを見やる。 「・・・・何だ。」 「あ、いえ。失礼致しました。 私、本物の吸血鬼と会うのは初めてなんですよ。 父と違って、物心ついた頃には軍の宿舎に居ましたから。」 慌てて失礼を詫び、インテグラの方へと向きなおる。 「サー・インテグラル。 遥々イタリアまで来て頂いたのは他でもありません。 貴女方の専門とする吸血鬼に関しての重要な情報があるのです。 こちらへ向かわれる途中で聞かれたかもしれませんが、 “カンタレラ”という組織についてです。」 レオナルドはそこで一旦言葉を区切り、二人を見渡した。 インテグラが軽く目で先を促すと、俯き加減に話し出した。 「我が家に結び付けられると非常に心外なのですが。 どうやら人工的に吸血鬼を生み出す研究をしていた様なのです。」 「馬鹿な。そんな事、できる筈が無い。」 インテグラが鼻で笑いながら腕を組む。 「それができたんです。」 真正面から見つめ返す灰色の目は真剣そのものだった。 「私の父は先の大戦中、出版社に勤めていました。 主に政府中枢を批判する本を刊行し、 レジスタンス活動に身を投じていました。 国の方針に疑問を感じる軍の有力者と繋がり、 国の様々な機関に出入りしていた様です。 その有力者の筆頭が私の母方の祖父で、 ある時、父は祖父に案内された 特殊施設で非常に恐ろしい物を見てしまったのです。」 飲み物を持ってきた使用人に更に黒いファイルを数冊持ってこさせ、 インテグラに見える様に目の前のテーブルに広げた。 「数ヶ月前に、父の遺品を整理していた所、見つけたのです。 これがその施設の内部写真です。 十三課の方々にも少し資料としてお渡し致しました。」 「あぁ、空港で少し見させてもらった。」 空港で見た写真と同じように白黒で、写真の端がひどく焼け焦げていた。 「特にご覧になって頂きたいのは、こちらの写真なのです。」 それは空港で一番インテグラの興味を引いた写真に似ていた。 何か研究室の様な硬質な部屋の中で、小さい魔方陣が規則的に描かれている。 「ほら、なにか魔方陣の様なものが描かれているでしょう? 父は亡くなる直前までその施設を独自に調査していました。 この魔方陣についても調べていた様で、いくつか資料を残しています。 どうやらその魔方陣の上には培養液に漬けられ、 瓶詰めにされた吸血鬼の幼生が置かれていた様です。」 「・・・・幼生?」 怪訝そうにインテグラがレオナルドへ問いかける。 「どういった仕組みなのかまではここには記載はありません。 貴女方が追っているミレニアムという組織に通じる物があるかもしれませんね。」 思わせぶりな笑みを頬に乗せ、レオナルドは微笑んだ。 「この施設は今でも取り壊されずにあるのか?」 今まで興味なさげに話を聞いていたアーカードが口を開いた。 「はい、まだあるようですよ。 確か・・・最後のページあたりに地図の様なものが・・・。」 ぱらぱらと男にしては細い指でページを手繰りよせる。 「・・・ありました、ここです。 今は無きファシスト党の有力者が管理していた、古城です。」 「とにかく、実際に吸血鬼を生成できる様な研究の痕跡があるかどうか、 直接現地へ行って、確かめてみる必要があるな。」 出されたコーヒーを飲みながら、地図を改めて見る。 「この屋敷からはおおよそ1時間くらいですね。」 ペンを口に当てて、考えるそぶりをしながらレオナルドはページをめくり直す。 「よろしければ、私も古城までお供いたします。 ただ、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか? 現地までの手配もありますし・・・・。」 「いえ、貴方が一緒に同行する必要はありません。私とアーカードだけで事足ります。」 飲み終えたコーヒーを置いて、インテグラが愛想も無く答えた。 「そこを何とかお願いできませんか? ・・・父は施設の研究の途中で亡くなりました。 志半ばで死んだ父の意思をを引き継ぎたいのです。 貴女も同じ境遇ならお分かりいただけるでしょう?サー・インテグラ。」 立ち上がろうとしたインテグラへ、縋る様に声をかける。 「絶対にご迷惑はお掛けしません。 今まで行動を起こせなかった分、何かをやりたいのです。 それに貴女方が一緒ならとても心強い。 少しでも足手まといになる様であれば、すぐに屋敷へ帰ります。」 先程までの優男な風情を一切消して、真剣な眼差しで懇願する男に、 インテグラは溜息をついて、一度だけ頷いた。 「・・・分りました。 半世紀過ぎているとはいえ、 危険な物が残っている可能性もあります。 それなりの覚悟はして頂かないと。」 化け物どもを殲滅してきた騎士の瞳が、鋭くレオナルドを射る。 「あと、このファイルを数冊お借りします。 英国へ帰還するまでにはお返し致しますので。」 広げられたファイルをきちんと直し、アーカードに持たせる。 「もちろん、かまいませんよ。 あぁ・・・有難うございます!サー・インテグラ。」 「アーカード。そういう事だ。 私だけではなく、明日はしっかりとレオナルド卿を護衛しろよ。」 「・・・・認識した。だが・・・・」 「何だ。」 クックッと笑いを噛み殺した男に、 インテグラの不審そうな声が飛ぶ。 「・・・・いや、何でもない。・・・明日が楽しみだ。」 漆黒の長髪を揺らしながら壁に溶け込んでいった不死の王を インテグラは呆れ顔で、レオナルドは驚きを含んだ顔で見送った。 |
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