カンタレラ

『−−−−−−−−本日は当ブリティッシュ・エアウェイズをご利用いただき、
誠にありがとうございます。 本機はイタリア・トリノ行き、
現在のトリノの気温は20℃・湿度67%・天候は快晴ーーーーーーーーー』

「太陽なんぞ糞食らえだ。」
不機嫌なのを隠そうともしない男を見やる。
「我慢しろ、アーカード。太陽は苦手じゃなく大嫌いなだけなんだろう?」
座席に常備されていた新聞を広げ、深く座り込む。
「インテグラ、そもそもなぜこちらから出向かねばならんのだ。」
「仕事だ、それを言うなら私だって自家用ジェット機で来たかったさ。」
ふん、と座席に貼られていた禁煙シールを指ではじく。
「大体これはあの坊や達の仕事だろう?13課は何をしている。」
機内だと言うのにマチネ色のサングラスを外す気配もなく憮然と首を横に振る。

−−−−−−数週間前、円卓会議の議題に、ミレニアムの情報と合わせて、
第二次世界大戦中のイタリアにおいて、
吸血鬼を飼育・研究している秘密機関が構築されていたという情報が入った。
それは時の政権ムッソリーニの支援を受け、内密に、自国民にも同盟国のドイツにも知られずに
極秘裏に組織されたものだという。
第二次世界大戦終結と同時にその機関も壊滅したと言う事だが、
僅かに残ったファシズムの残党が微力ながら、勢力を増しつつあるという。
今回、インテグラとアーカードは現地視察も兼ね、調査にイタリア・トリノへと飛ぶ事になった。

「・・・というか、何でその格好なんだ?」
屋敷を出てからずっと聞きたかった事をインテグラは聞いてみた。
「個人的趣味だ。お前も好きそうなのでな。」
今のアーカードは、ブラジルに渡った時のJ.H.ブレナーの姿をしていた。
ダブルのスーツに身を包み、明らかに堅気ではない雰囲気をバシバシ醸し出している。
「なっ・・・何で私がその格好を・・・・っ、ふんっ!馬鹿馬鹿しい!」
頬を僅かに染めてそっぽを向いてしまった女主人の腹に腕を廻して、深く抱き込む。
インテグラはアーカードの膝の上に無理矢理、座らされていた。
ファーストクラスだからこそ出来る仕様だ。
顔を寄せ、耳元でささやく鬼は機嫌を少し回復したようだ。
「まぁ、お前と一緒ならこの下らん雑用も片付けてやろうという気にもなる。
南米行きではがっかりしたぞ?お前が付いてこないとは直前まで知らなかったからな。」
冷たい吐息が耳をくすぐり、腕の中で身を捩るインテグラ。
「この馬鹿っ!何考えて・・・」
思わず懐の愛銃を取り出そうとしたが、機内持ち込みが出来ない代物の為、
直接ホテルへ配送したのを思い出し、愕然とする。
そうこうするうち、男の舌が耳の中へするりと差し込まれ、
そのあまりの冷たさに背筋からぞくぞくとしたものが這い上がってくる。
しならせた細い背を抱きとめ、インテグラの首元のタイを解きにかかる。
(冗談じゃない、いくらファーストクラスとはいえ、人が近くにいるのにっ!)
我慢の限界に達したインテグラは、肘でマチネ色のサングラスを叩き割った。
パァンというガラスの割れる音に続いて、複数回何かを殴りつける音がした。
驚いた周りの乗客が席から身を乗り出す。
「いかがなさいましたか、お客様?」
慌てて添乗員が伺いを立てに駆け寄ってくる。
「何も問題は無い。騒がせてすまなかった。」
席から立ち上がり、自分の席に戻ったインテグラは事も無げに言った。
先程の席ではアーカードが俯いて顔を手で覆っていた。
ほんの少しだが返り血を浴びている女に、添乗員は何も言い返せなかった。

トリノ空港に降り立ったインテグラは、意外な人物に出迎えられた。
13課のハインケルだった。
「・・・・ほぅ、仕事をサボっていた訳ではないのだな。」
小馬鹿にする様なアーカードの態度に、ハインケルは目を細める。
「当たり前だ。お前らなどに我々の縄張りを掻き回されてたまるか。」
「共同捜査なぞ私は聞いていないぞ?」
インテグラが不審げに見つめ返すと、ハインケルは小さな書状を広げた。
「お前らがこちらへ向かってくる間に決まった。」
書面の右下には英国特務機関の承認印が押されていた。
それとはまた別に、ファイルに入った書類をインテグラへと渡した。
「これは?」怪訝そうに中を開く。
「俺の任務はこの書面に書かれている人物の所へ貴様らを運ぶ事だ。」
ぱらぱらとページをめくり、目を通す。
白黒だが、軍人らしき人物の写真が数点挟まれていた。
それらと合わせて、崩れかけた大きな屋敷と地下へと続く細い階段の様なものが写されている。
(・・・ずいぶんと古い写真だな。)
ふと、端が焦げ付いた写真に目が止まる。
その写真には小さな小部屋が写っていて、寝台が中央に置かれていた。
それだけ見ると普通だが、その寝台の周りが異様だった。
部屋とシーツに飛び散った血で魔方陣の様なものが描かれている。
対化け物の殲滅機関の長であるインテグラも見た事の無い文様だった。
「先方はお待ちかねだ。車の中で読め。」
身を翻してすたすたと歩き去るハインケルに肩をすくめ、インテグラは後を追う。
コンコースを通り過ぎ、用意していた車へと三人は乗り込んだ。

「もっとましな乗り物はないのか?」
腕を組み、不機嫌そうにふんぞり返る不死者へバックミラー越しに苛立ちを飛ばす。
いつもは屋敷の高級車しか乗らないインテグラとアーカードは、用意された車に不満を吐いた。
「う・・・うるさい!予算が厳しいんだ。黙っていろ!」
「煙草吸っていいか?」
インテグラは、いいしな窓も開けず葉巻を吹かし始めた。
(聞く前に吸ってんじゃん・・・。これだから異教徒は。礼儀を知らん。)
後部座席の窓を開けるスイッチを連打しながら心の中で毒づく。
「そんな事より用意した書類に目を通したのか?
あちらへ着いて、見ていませんじゃ話しにならないんだぞ。」
しばらくの沈黙の後、後部座席からインテグラが運転席へ身を乗り出した。
思わぬ行動にハインケルが度肝を抜かれていると、インテグラが耳元で囁いた。
「これスペル間違ってる。バチカンの奴らは英語もできんのか?」
鼻で笑ったインテグラに血管がぶち切れそうになったハインケルだが、煙草を噛み締めて堪えた。