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Change! ブラッドにはああ言われたが、いつまでも屋敷に閉じ込められるなんて真っ平だ。 目深に地味な帽子を被り、できるだけこっそりと屋敷を抜け出した。 きっとばれているだろけれど、まだ追っては来ないようだ。 (でも、ブラッドの衣装があの燕尾服もどきの物ばかりでなくて良かった。 ちゃんとした服があるんならいつもそれを着ていたらまともに見えるのに。) 時計塔広場の片隅にあるカフェで小さくなりながら紅茶をすする。 (でも念には念を入れて、どこか他の店で服を新調しなくては。) ふと、紅茶に映った自分の顔に、カップを口元へ運ぶ手が止まった。 眼鏡はかけるべきじゃなかったかも・・・。 どうしても思い出してしまう、過去の影に溜息をつく。 追いかけても追いかけても、その心の片隅にすら滑り込む事が出来なかった。 その好意が向けられている相手は、紛れもなく血の繋がった実の姉で 到底自分が叶うとも思えぬ完璧な淑女、人間だった。 その憧憬だけ残して、どんどん遠ざかっていく想い人。 見えない周囲の感情に流されたその先は、自分ひとり。 「あれ?帽子屋さん?」 暗い思いにズッポリと浸りかけたその時、 聞きなれた声がアリスを呼び戻した。 「エース!」 屋敷の人間とは違う、見慣れた顔に思わず席を立って手を振る。 手を振られた騎士はほんの少し固まったが、 ひょうひょうとした態度でアリスの前に立つ。 (・・・今、私ブラッドの姿なんだったけ。) 興味深々で覗き込んでくるエースの様子に、今更ながらに自分の置かれた立場を思い出す。 「あ、えっと。・・・あの、話は長くなるんだけど聞いてくれる?」 詰まりながらティースプーンで残り少なくなった紅茶をかき混ぜる。 「うん、大体は聞いてるけど、とりあえず俺も飲み物頼んでいいかな?」 つま先から頭まで一通り様子を伺って満足したのか、 いつもの人を食ったような笑みを浮かべた。 「聞いたって・・・・誰に?」 ブラッドと体が入れ替わったなんて帽子屋ファミリーの最重要機密なはずだ。 それを敵対勢力のエースに知っているはずが無い。 少なくともアリスの周りの屋敷の人間が漏らすとも考えにくい。 エースが手を挙げて店員にオーダーしようとすると、 店員と思われる男が二人、にこにこしながらアリス達に近付く。 瞬間、エースの居る方からピリッとした張り詰めた空気が流れてきた。 驚いてエースの顔を見ると、笑顔は絶やしていないが 獲物を値踏みする様に目を細めている。 「間違いない、ブラッド=デュプレだな。」 おおよそ店員が出す声とも思えぬドスの聞いた声に、アリスは怯む。 「のこのこと丸腰で出歩くなんてボスの自覚が足りないなぁ?」 顔は笑っているのに、ぞっとする様な冷たい声色。 感じなれたマフィアの雰囲気がアリスの肌を侵す。 『私には敵が多い。その姿で無用心に出歩かれると、 私は明日にでも時計屋の世話になってしまうよ。』 屋敷を抜け出す前にブラッドから言われた言葉が頭の中を駆け巡る。 立ち上がろうと両手に力を入れると、 男達は銃を取り出し、照準をアリスの眉間に合わせる。 突然の事にアリスは硬直したまま、男達の動向を目で追うしか出来ない。 「殺せっ!!」 向けられた銃口とアリスの前にエースが割り込む。 「伏せて、アリス。」 一瞬の出来事だった。 エースの剣の一振りで、血飛沫が飛び散り男達は地面に崩れ落ちる。 男達の銃声も聞こえぬ程エースの動きは素早かった。 平穏なカフェは一瞬で血の海と化し、物の割れる音が辺りに響いた。 憩っていた善良な一般市民は我先にと叫びながらカフェから逃げ出した。 何事も無かったかの様に、にこにこと笑いながらアリスに近付く。 「うーん。その姿でふらふら出歩かない方がいいと思うぜ?」 帽子屋さんにそう言われなかった? 頬に返り血を浴びた微笑む男に促されるが、抜けた腰に力が入らない。 「その姿で面白い図だけど、俺陛下の言いつけ守らなきゃいけないんだよね。」 「へ、陛下?」 聞くまでも無い。 エースが陛下といったらビバルディしかいない。 「腰が抜けてるところ悪いんだけど、 俺って男を抱き上げる趣味ないから歩いてくれないかな?」 未だ立ち直れないアリスの目の前で刃先から血を拭い取り、無害そうににっこりと笑った。 「おや、アリスもう来たの?こちらへいらっしゃい。」 城の中庭で侍女に薔薇を摘み取らせていたビバルディは アリスに気付くとすぐにお茶会の用意をさせた。 先程摘み取られた薔薇は籠に入れられ、テーブルの中央に彩りを添える。 大振りの薔薇が周囲に柔らかな芳香を撒き散らし、 アリスの張り詰めた神経を和ませた。 カチャカチャと茶器が並べられる音が耳に微かに届く。 「さて、お前はもう用済みだ。どこぞに消えておしまい。」 エースの方を一度も見ずに、掌だけで追い払う。 「やだなぁ、それはないよ。 こんな面白い事そうそうあるもんじゃない。 最後まで付き合わせてよ。」 どっかりとアリスの向かいに腰を下ろしたエースは 紅茶には手を伸ばさず、じっとアリスを見つめる。 もちろんその顔には笑顔が浮かんでいたが、 僅かばかりビバルディに対する牽制の色を滲ませていた。 「なんでこんな事になったのか分からないわ。」 ほとほと困り果て、答えの見つからない問題を抱え続けるのはもう限界だ。 なによりこの姿でいると、もれなく命の危険まで脅かされるのだから。 「わらわじゃ。」 「へ?」 スコーンを口に運んだばかりのアリスが聞き返す。 「だから、わらわじゃ。 わらわがお前のためにブラッドの姿にしてやったのだよ?」 ぽかん、と口を開けた姿が余程可笑しかったのか、 エースが顔を背けて笑い出した。 「お前がブラッドの気持ちが分からないと言ったから、 ブラッドの姿にしてやったまでの事。 なにか不都合があったのか?」 確かに数時間帯前にビバルディにブラッドとの関係を相談した。 あの飽きやすい、気まぐれな男の気持ちなんて夜が来る度に分からなくなる。 ソファからベッドに抱かれる場所が変わっても、 ブラッドにとってはアリスは、暇つぶしの道具という立場は変わらない。 ただ、気が向いた時に束縛して、傷つけて、放り出す。 時たまアリスの友人達に悋気を見せる事もあったが、 あれはただの子供じみた独占浴だろう。 だれだって、自分の縄張りの物が他人に取られるなんて嫌だ。 しかし、目の前の女王は自分が言った言葉を拡大解釈し過ぎなのではないだろうか? 自分は確かにブラッドの考えている事が分からない。 とは言ったが、ブラッドになりたいだなんて一度も言ってないはずだ。 「本人に聞けない以上、本人になるしかないだろう?」 当たり前の様に破綻した理論を振りかざす。 「役持ちってそんな事までできちゃうの?」 「わらわも少し驚いたよ。出来たら面白いなと思ったら出来たのじゃ。」 ほほほほ・・・と上品に薔薇の扇で口元を隠しながら笑う。 完全に楽しんでいる。 (ほんっとに・・・他人事だと思って・・・。) 傍でエースが同調して笑うのもムカついた。 完全に脱力仕切ったアリスは二人を白い目で見つめる。 人を何だと思っているのだろう。 これからはビバルディに相談するときは言葉を選んで相談する様にしよう。 「アリス。口にクリームが付いたままだよ。」 「え?あ、やだごめんなさい。」 ビバルディが真っ赤なハンカチでアリスの口元を拭う。 「・・・小さい頃はこうしてやったものだがな。」 ぽそりとつぶやいたビバルディに、緑色の瞳が不思議そうに尋ねる。 「なに?何のこと?」 「いや、こっちの話じゃ。」 クリームを拭ったハンカチを傍に居た侍女に投げつけると お楽しみを持ちかける様にアリスに迫る。 「丁度良い。今夜城で夜会を開く予定じゃ。 ブラッドと一緒においで。面白いものが見れるはずだよ。」 「面白いもの?」 「ふふふ・・・来てみてのお楽しみだよ。 お前が頑張れば、きっとすっきりするはず。 お前をこの城まで護衛するためエースを遣ったのだから、 しっかりと踏ん張って頑張るのだぞ。」 心底この状況を楽しんでいるのだろう。 ブラッドは嫌がるだろうけど、姉弟そろって似たような性格だ。 言っている言葉の意味不明さも。 結局はアリスはその夜会が開かれる時刻まで城に居させられた。 |
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