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Change! 「それにしてもホントに来るとは思わなかったわ。」 「君が呼んだんだろう。来ない訳がない。」 すっかり夜の帳が降りて、城の輝く広間に明かりが灯る。 煌々と輝くシャンデリアの光が様々な意匠を凝らした赤に反射し、 そこに集う人間を淡い幻想的な雰囲気が包む。 「なにもこんな部屋の端に居なくてもいいだろう。」 「誰のせいよ、誰の! あんたの顔してるだけで 顔も見た事ないの女の人が湧いてくるんじゃないの!」 さっきから何度も何度も知らない女から声をかけられては 複雑な感情を押し殺し、適当に相槌を打たなければならないこの歯がゆさ。 しかも横ではクスクス笑いながらそれを見ているブラッドがいる。 全くもって、いい加減にしてほしい。 「それはそれは災難だな。私の苦労も少しは分かってくれた様だ。」 (この男・・・・っ!!) どこまでもドンピシャにアリスの感情を逆撫でしてくれる。 昼にビバルディが踏ん張れと言っていたのはこの事なのだろうか。 確かにブラッドの気持ちを知りたいと言ったけれど、 過去の女関係までは知りたいと言った覚えはかけらもないはずだ。 「・・・ねぇ、ビバルディに会った?」 「会ってない。この姿を見られたら着せ替え人形にされる。」 ブラッドの憮然とした表情が面白くて、つい笑ってしまった。 「私達が入れ替わっちゃったのはビバルディの仕業なのよ。」 「やはりな。そうだろうと思った。」 ブラッドの返事が意外で、アリスは思わず見返した。 「知ってたの?」 「ただの勘だよ。 あの女のやりそうな事だ。 大方、ただの退屈しのぎだろうがな。 ・・・元に戻る方法は何か言っていたか?」 「ううん。何も言ってなかったわ。 多分、自分でも知らないんじゃないかなと思うの。 たまたま出来たって言ってたし・・・。」 「ふぅん。それよりお嬢さん、 いつまでこんな壁際の花を気取らせる気だ。 踊るなら踊る、帰るなら帰るとはっきりしてくれないか。」 つまらなさそうに帽子をいじりながら溜息をつく。 こんな時真っ先に飛びついてきそうなペーターが見当たらない。 そういえば、さっきのお茶会の時にも顔を出していなかった。 「そういえば、ペーターは見かけた?さっきから見当たらないんだけど。」 「・・・あぁ、昨日牽制しすぎたかもしれんな。」 「え?」 「昨日の昼だったかな? あの宰相殿が相も変わらずちょっかいを出そうとしたから少し牽制したんだ。 あなた、ちょっと度が過ぎますよ、ってね。 あと、ほんの少し首筋を見せたかな? そうしたらその場で倒れて、今は集中治療室に入ってるらしい。」 「あんた、どんな脅し方してんのよ! なんだってそんな事で・・・。」 「ウサギだからな。そういう事には敏感なんだろう。 早く治るといいな?」 にやりと口元だけを歪ませてブラッドは笑う。 まだうっすらと残る首筋のキスマークが髪からのぞく。 冗談じゃない。はやく体を元に戻してもらわないと。 この男が私をとんでもないキャラに仕立て上げる前に。 「あ、アリ・・・じゃなかった。ブラッド! こっち来てくれ、あいつら酒飲んじゃって大変なんだよ!」 見ると、エリオットが酔っ払って暴れる双子相手を両脇に抱えていた。 「ひーよーこーうさぎー!あははははっ!!」 「あれ?天井ごとゆがんでるよ〜」 けらけらと笑い続ける双子に、振り回されて服がぼろぼろになっていた。 「ったくこいつら加減て物を知りやがらねぇ。 置いてあったら用意した分だけどんどん飲み干しやがって・・・。」 「あ、おねぇさんになら少し分けてあげてもいいよ。」 言いながら、ディーはワインの瓶を手放さない。 二人とも完全に呂律が回っていない。 にこにことした表情はいつも以上に子供らしいものの、 いかんせん目が据わっている。 と、いきなりエリオットにワインの雨が降り注ぐ。 「うわっ!!てめぇ、この野郎っ!」 両耳を双子に引っ張られながらワインの瓶で頭を殴り続けられるエリオット。 「ちょっと、あんた達いい加減にしなさい! 周りに迷惑でしょう!見なさいよ、皆が見て・・・」 振り返った瞬間、自分達の周りから人が綺麗に居ない事に気付いた。 帽子屋ファミリーに係わり合いにならない様に 視線を背けてまるで何事も無かった様に雑談し合っている。 アリスは背中に冷や汗をかきながらも、 なんとか事態を打開すべく、近くに居る人に話しかける。 「あの、すいません。何か拭く物を・・・。」 「ひっ!」 アリスが声を掛けると、 怯えた紳士・淑女は避けようと更に間合いを開く。 「・・・・・・・・はぁ。」 がっくりと項垂れたアリスに、ブラッドが声をかける。 「まぁ、その姿では当然だろうな。」 「・・・お水と拭く物、取ってくるわ。」 双子と三月ウサギの馬鹿騒ぎに呆れるブラッドを残して すたすたと馬鹿騒ぎの中から逃れると 人ごみが自分の進む道に沿って割れる。 人生の五本指に入るくらい非常に不愉快だ。 こうなったら、ビバルディをとことん問い詰めて 元の体に戻れる可能性だけでも探らないと屋敷に帰る気が起きない。 「確かこの突き当たりだったわよね。」 いつも城に遊びに来ているせいか、 アリスはいつの間にか城内の仕組みに詳しくなった。 広間を出て、すぐ突き当たりの所に小さなリネン室がある。 そこのタオルをすこしだけ拝借しよう。 あとであやまればビバルディはきっと許してくれるはず。 早足でリネン室を目指す。 突然、通り過ぎようとした部屋の扉が開き、 抵抗する間も無く、手を引かれて部屋へ押し込められた。 わけも分からず、勢いのまま部屋の中へ転がり込む。 中はどうやら小さい客間の様だ。 「お久しぶりね、ブラッド。」 声の主を探して、暗闇を振り返る。 部屋の中央に置かれたランプにぼんやりと明かりが灯った。 襲撃された昼間の一件を思い出して全身の血が引く。 (しまった。また一人になっちゃった。) 何か武器になるものはないかと手を探るが、 甘い香りのする白い手に腕を取られた。 驚いて組まれた腕を見やると、見た事もない美しい女がいた。 その白い肌を扇情的な赤いドレスに身を包んだ女はにっこりと微笑む。 密着させたままの状態で上目遣いに小首をかしげる様は、 女のアリスから見てもドキッとする様な仕草に、目の行き場を探す。 ありふれた媚態だろうが、残念ながらアリスにはその免疫がない。 「私が来ていて驚いたでしょう? ふふふ、そんなにびっくりしないで・・・。」 くすくすと笑いながらも、自分の腕を離さない女に、 アリスはどんな反応を返すべきか混乱した。 すると、ふわりと甘い香りが鼻先を掠める。 どこかで嗅いだ事のある香りだ。 しかもついさっきまで、日常の中でも嗅いだ事のある香り。 ・・・・・ブラッドの薔薇の香り。 「あら、気付いてくれた? あなたが送ってくれた薔薇を香水にしてみたのよ。 女用に少し甘さを足してみたの。 お揃いね?ふふふ・・・・。」 テーブルランプの明かりが、女の輪郭を淡くぼかす。 そこにはアリスには無い、成熟した女性の艶やかさがあった。 ビバルディが言った言葉が頭をよぎる。 『お前がブラッドの気持ちが分からないと言ったから、 ブラッドの姿にしてやったまでの事。』 『お前が頑張れば、きっとすっきりするはず。』 『しっかりと踏ん張って頑張るのだぞ。』 (もう十分よビバルディ!) 悲しいかな。 アリスの心の絶叫は赤の女王には届かない。 そして目の前の美女に自分が勝てる気がしない。 どの点をとっても、自分でも驚くほどに完敗するだろう。 ・・・・こうなったらあくまでブラッドの振りを続けるしかない。 半ばやけくそ気味にアリスは口を開く。 「そうだな、久しぶりだな。少し、驚いたよ。」 つまりながらも、いつも聞いていたブラッドの口調を真似てみる。 「・・・・何時間帯ぶりだったか?」 「何時間帯なんてものじゃないわよ。 もう半年近く連絡くれなかったじゃない。」 少し拗ねた様に目を細めて笑う。 「あ、あぁ・・・そうだった。すまない。」 「いいわ、あの余所者が来てから貴方変だったもの。」 思わず心臓がドキリと跳ね上がった。 自分の話題が出てくるとは思わなかった。 「最後に屋敷に来てくれた日、珍しいワインを開けたじゃない? あの日はとても楽しかったわ。 貴方が薔薇の花束を贈ってくれて・・・ さぁ、これからって時に・・・」 (あぁ、そう。薔薇を、ね。 あの男・・・私には花束なんて贈らないくせに。) 心の中で殺気交じりの毒を吐きながら、口を開く。 「そうか、それで私はその時どうしたんだったか。」 「いやだわ、あなたすぐ帰っちゃったじゃないの。 夜だったから仕事が残ってたのかと思ったけど そうじゃなかったみたいだし・・・。」 髪を耳に掛けながら、ゆっくりとした動作でしな垂れかかる。 「ちっとも声を掛けてくれなかったから、とっても寂しかったわ。」 ブラッドの手を取り、手首に口付ける。 「そろそろあの余所者にも飽きる頃だと思って。 いくら新しいもの好きとはいえ、 あんな小娘・・・・えっと、エリスだったかしら?」 「・・・アリス。」 「あぁ、そう。アリスだったわよね。 そのアリスちゃんが本気で好きになったらどうするの? それこそあなたの嫌う面倒くさい事になるんじゃない?」 (余計なお世話よ!何よこの女!) そう反論しながらも、心の端が少し痛むのを感じた。 「私だったら願い下げだわ。 連れて歩いても見栄えはしないし、 かと言って余所者というだけで特別な事は何も出来ないんですもの。 なによりあの娘、重そうよね。」 トン級の岩石が頭に落ちた気がした。 (なにもそこまで貶さなくても・・・。) 確かにブラッドが何を思って自分を傍に置きたがるのか だんだんアリス自身にも分からなくなってきた。 目の前の美女に比べれば自分なんて、 そこらを歩いている顔なし達とほとんど同じだ。 外に出られない様に、一晩中暇つぶしに付き合わされたり、 アリスの友人達に常識から外れた牽制をしたり、 面倒な事になったと自分で言っているのにしつこく纏わり付いたり。 「私に連絡くれなかったのもアリスがそうさせたんでしょう?」 反論しようとしたが、半ば強制的にベッドに腰掛させられる。 「!!なっ、なにを!?」 ドレスを脱ごうとした女に驚いて、力いっぱい押しのけた。 「あら、貴方。こういうの好きだったじゃない?」 事も無げに平然と淑女らしからぬ言葉が返ってきた。 (・・・・あの男っ!!) 腹の底から煮えたぎる感情を何とか押し殺して、アリスは続ける。 目の前の女はアリスの態度に関心を寄せず、 今度はアリス、もといブラッドの襟のボタンを外してきた。 「そういえば今日も付いて来てたわね。 帽子なんて被って。あなたの情婦にでもなったつもりかしら。 本当に冗談が過ぎるわよねぇ?」 自分の中で何かが切れた音がした。 世間一般ではこれを堪忍袋の緒とでも言うのだろうか。 もぞもぞと首筋に纏わり付く女を引き剥がし、 深く一度深呼吸をする。 「私の君に対する興味はもう、かけらも残ってはいない。 これからは会う事も無いだろう。 アリスは私の情婦ではなく、恋人だ。 私はアリスを愛しているし、アリスも私を愛してる。 アリスが私のどこを好きかと言うと、 この芝居がかった口調も好きだし、 馬鹿みたいに飾り付けた帽子も好きだし、 紅茶と夜が好きで紳士ぶった悪魔みたいなところも好きだし、 頬を撫でる手袋の感触も、 髪に口付ける時の唇の感触も、 シャツを着るときの指の動きも、 キスする時に触れる黒髪も、 全部まとめて好きなんだ。 アリスの気持ちがアンタみたいな女に負けるとも思わない。 アンタみたいな女をこれ以上、視界に入れていたくない。 今すぐこの部屋から出て行ってくれ。」 息も継がず、目も逸らさずに一気に吐き出す。 ブラッドのシャツに手を掛けていた女は驚いた様で、固まっていた。 掛けられた指を叩き落とし、再度言葉を投げつける。 「早く、出て行けと言っているんだ!」 我に返った女は、唇を噛み締めながら部屋を出て行った。 しんとした静寂が部屋を満たす。 自分でも驚いた。 あの感情を仕舞いこんだ胸の内から吐き出す事になるとは。 落ち着いてよく考えれば、 何もあそこまで強く言う必要は無かったのかもしれない。 ちりりとテーブルランプが低い音を出す。 全身の力を脱力させ、ベッドに仰向けに沈み込む。 目を閉じて手で顔を覆う。 と、僅かにベッドが軋む音がした。 重くなった瞼を開けるとそこには、 広間にいるはずのブラッドがいた。 「お疲れ様、お嬢さん。外にまで聞こえていたよ。」 声にならない声を出し、アリスは跳ね起きた。 馬乗りになったブラッドは器用に上半身を押えつける。 「随分好かれた様でね。しつこくて困っていた所なんだよ。」 わざとらしく溜息をついてはいるものの、顔がにやけている。 「あんたが手を出すからよ。自業自得。」 鼻を鳴らして肩からブラッドの手を粗雑に払いのける。 「・・・妬いているのか?」 払い退けられた手をひらひらと楽しげに降る。 「・・・違うわよ、あんたの女の趣味の悪さに呆れてるの。」 「私の趣味は最上級だぞ? 君だってそうだ。 私を飽きさせない女、 いや、人間なぞ、そうそうはいやしない。」 「それ、嫌味ね。」 「とんでもない。褒めているんだよ、お嬢さん?」 「ちっとも嬉しくなんてないわ。 ・・・本当に、あんたの考えてる事なんてわからない。」 「至極簡単なものだよ、お嬢さん。」 人差し指を立てて、にっこりと笑う。 「さっき君が言った言葉そのものが私の本心だ。」 「・・・私には薔薇をくれなかったじゃない。」 ぽそりと聞かせるまでもなく呟いた一言をブラッドは逃さない。 「どうでもいい女には形に残らない物を贈る。 あとくされもないし、贈った物をいつまでも持っていられても こちらは欠片も覚えてはいないから気味が悪いしね。 でも君が薔薇を欲しがるのなら、 屋敷からあふれ出すほど贈ろうか?お嬢さん。」 息が掛かるほどに顔を近付けてブラッドは囁く。 かちり。 時計の針が動いた音が部屋に響いた。 その瞬間、二人の視界は反転する。 「・・・・・・。」 「・・・・・・。 アリス、戻ったみたいだぞ。」 「そのようね。」 「実に楽しい構図じゃあないか?」 状況はというと、アリスがブラッドに馬乗りになった状態だ。 しかもあと少しで鼻と鼻が付きそうな距離。 「そんな事はないと思うわ。」 早口に制止の言葉を投げかけても、どこ吹く風でブラッドは迫ってくる。 腰を捕らえられ、ブラッドの体から下りる事ができない。 「ビバルディから聞いた。 私の気持ちが知りたいと言ったそうだな。」 「・・・・・・・・・・・。」 弟が弟なら姉も姉だ。 こんなにあっさりアリスの秘密をブラッドに話してしまうなんて。 必死で言い訳の言葉を掻き集めるが、無駄な抵抗だったらしい。 「あぁ、やはりこの姿の方が君を抱きやすい。」 目に妖しい光を潜めながらアリスの首に唇を落とす。 「んっ・・・・や、ブラッド、っ・・・んっ。」 吐息さえも飲み込む様に、しつこく唇を塞ぎにかかる。 「教えてあげよう、アリス。 私の気持ちを知りたいんだろう? それまで君の体力が持てばいいがなぁ・・・・?」 クスクスと心底楽しそうにブラッドはアリスを煽る。 時間帯が一桁変わるまで、アリスはブラッドに縫い止められた。 「私だって自分の心は解らないさ。 なぜなら君に奪われて、もう手元に無いのだからね。」 朦朧とする意識の中で、ブラッドの擦れた声はアリスに届く事は無かった。 |
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