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Gjakmarrja 「・・・・で、のこのこ戻ってきたわけか。」 座っていた椅子をギシリと軋ませ、ブラッドは問いかける。 問いかけられたフットマンとメイドは、 ただただ、平伏して謝罪の言葉を繰り返すしかなかった。 彼らはアリス付きの使用人で、監視と護衛の任務を任されていた。 「ブ、ブラッド、落ち着けって。こいつらだって・・・」 「黙れ。何の為の護衛だ。人一人監視できんのか。」 帽子の影でその表情は全く伺えない。 だが、エリオットや双子の尋常でない怯え方がその怒りを表していた。 空気がピリピリと震え、指一つ動かせない緊迫感が部屋を包む。 血まで冷えるような殺気を孕んだ視線を自らの部下へ向け、言葉を続ける。 「状況はどこまで進んでいる。」 「アリスに気付いて後を追いかけただろうメイドが2人塀の外で死んでた。 巡回中のフットマンも裏庭で1人、裏門近くで3人死んでる。 表門では死人はでてないぜ。」 エリオットは手元の報告書を読み上げながら上目遣いでブラッドの様子をみやる。 「僕達の方へ来ていたら必ず始末してたよ!」 「僕達を避けてお姉さんを誘拐するなんて・・・殺してやる!」 今までずっと俯いていたディーとダムが堪らず叫んだ。 「私は正門だけを守れと言ったか? ・・・ディー、ダム? お前達がしっかりと屋敷を監視していればアリスは浚われなかった。」 双子を見もせずに淡々と話す口調には感情が一切排除されていた。 「・・・・・・・・・。」 拉がれた双子に、エリオットは助け舟を出す事が出来なかった。 「あー・・・ブラッド。これが現場に残された薬莢なんだけどよ、 この紋章、同業者のモンだぜ。」 エリオットの大きな掌で転がされた潰れた薬莢には 底に幾何学模様の刻印が刻まれていた。 「Gjakmarrja(ジャクマリャ・血の復讐)・・・。 何とも洒落た事をしてくれるものだ・・・。」 受け取った薬莢をランプの光に透かしながら目を細める。 「この刻印を使う組織は一つしかねぇ。 この間の会合で潰したヴィトー一家の奴らだ。 奴らわざと残しやがった・・・・。」 唇を噛み締め、耳を伏せるエリオットを ブラッドは一瞥し、僅かに微笑んだ。 「この短期間で組織を立て直せたなんて有能だな? ・・・・面白い。地獄を見せてやろうじゃないか。 私のものに手をだしたらどんな目に合うのか・・・。 なぁ・・・・エリオット?」 ブラッドの、体の芯から震えが来るほどの殺気に満ちた眼を エリオットは初めて見た。 「お口に合うかな?アリス。いや、デュプレ夫人?」 「・・・私の名前はアリスよ。」 出された食事に手も付けず、猫の様に髪を逆立てて威嚇する。 その様を可笑しそうに口の端を歪めて、 値踏みする様に髪の先から靴の先まで視線を移す。 「帽子屋には世話になったのでね、 いつかぜひお返しをしたいと思っていたんだ。」 あからさまに金を惜しまず作らせたと一目で分かる豪奢な車椅子を軽く叩く。 押し殺された感情が仄かに男の瞳の輪郭を揺らめかせる。 「ところで、アリス。君は腕を切り取られた事があるかい?」 物騒な事を平然と言う男に、アリスは驚いて顔を上げた。 「もしまだなら、是非味わってみるといい。 そのうちにこの私が味合わせてあげるよ。 あぁ、それより・・・もっと楽しい事が山ほどあるな。」 下卑な笑いを口の端に乗せ、目を細める。 肌が粟立つのをアリスは感じた。 「ブラッドと私は関係ないわ。家に帰して。」 「面白い冗談だ。余所者は常識がないのかね? 帽子屋ファミリーの本拠地に滞在し、 情婦、果ては妻の座を射ながら自分は全く関係がないと?」 くすくすと笑いながら頬をつく。 「ほら、この腕をご覧。 あの忌々しい親愛なる友人に切り取られたんだよ。 おまけに両足まで失ってしまった。 いくら温厚な私でも、あの男には相応の代償を払わせなければ気が済まない。」 「・・・帰してよ、帰して!」 ひしひしと迫りくる自分の身の危険に、耐え切れずアリスは叫んで立ち上がる。 「・・・君の首を帽子屋へ贈ったら奴がどんな顔をするのか、興味がわかないか?」 堪らず立ち上がり、部屋の出口へむかうと、連れ去った男達が行く手を阻む。 「駄目だよ、アリス。今ここで君を逃がしてしまったら この屋敷へお招きした理由がなくなってしまう。 ・・・いい子だからこっちへおいで。」 猫撫で声でいたぶる様にアリスへ呼びかける。 「帽子屋屋敷からはまだ迎えは来ないよ。 なぜなら今はまだ夜。我らの愛しい夜だからね。」 使用人に車椅子を引かせ、 手を伸ばしゆっくりと近づいてくる男の腕は片腕しかなかったが アリスには自分を深淵へと引き摺り込む死神の鎌の様に見えた。 |
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