Gjakmarrja



(・・・・よし、誰もいないわね。)

小さな音を立てて、アリスの部屋の扉が開く。
頭だけ出して再度人がいない事を確かめる。
片手には手紙、片手には黒い薄手のコート。
服もいつもの少女趣味の服から色味の薄い目立たない服に着替えている。
極力音を立てないように、ゆっくりと廊下へと踏み込む。

数時間帯前に届いた城からの手紙には、お茶会の招待状が同封されていた。
蝋で封をされた招待状には、薔薇のコロンが振りかけられていて、
ビバルディからの手紙だと開ける前に分った。
ビバルディには珍しくお茶会を夜に開くのだという。
ブラッドはというと、ついさっきエリオットを伴って屋敷を出た。
大掛かりな仕事があるという事だった。
帽子屋ファミリーのツートップが揃って仕事という状況は
今のアリスにとっては渡りに船だ。非常に助かる。
あと数時間帯は変わらないと帰ってこないはずだ。
しかも今は夜。闇が全てを覆い隠してくれる。
今しか屋敷を抜け出すチャンスは無い。
ここ最近はことのほかブラッドの拘束が厳しい。
服には薔薇の香りではなく、硝煙の臭いが染み付いているし
暇さえできればやたらと傍に自分を置きたがる。
使用人たちもピリピリとしいて、仕事もアリスに全く回ってこなくなった。
今まで比較的自由にできていた外出もまったくできなくなったし、
屋敷の近くに出かける時にさえ、護衛がつくようになった。
アリスにはそれが息苦しくて堪らない。
自分はブラッドの所有物でもなんでもない。
ましてや愛玩物でもないのだ。
いくら屋敷の主人であり、夫でもあるとはいえ、
毎日毎日行動まで管理されては堪らない。
城のお茶会はいい息抜きになるはずだ。
ブラッドが帰ってくるまでに屋敷へ戻ればいい。

長い廊下を通り過ぎ、エントランスへ続く回廊を避けて通る。
ブラッドが大勢部下を引き連れて行ったおかげで、今のアリスに気付く者はいない。
使用人が出入りする勝手口から広い裏庭へと人目を忍んで駆け抜ける。
門番の双子に教えてもらった秘密の抜け道がこんな時に役に立つとは。

(ザマ見なさい、抜け出してやるわ!)

にんまりと笑い、走りながらコートを纏う。
この屋敷の庭は本当に広い。
まるで囲い込んだものを二度と外には出さないとでも言う様に。
さくさくと草を踏む音が庭に微かに響く。
離れた場所にある生垣を潜り抜け、塀にそって慎重に抜け穴の目印を探す。
この塀さえ抜ければ、城の使いの者が迎えに来ているはずだ。
等間隔に置かれた外灯がアリスの頬を僅かに照らす。
双子が付けた目印を見つけ、塀に着いた草木をそこから取り除く。
軽く押すと、ゴトリと音がして一部が動いた。

「お待ちしていましたよ。アリス様。」

塀の外にはにこやかに片手を挙げる男が居た。
アリスは慌ててコートの裾を合わせる。
「ごめんなさい、支度に手間取っちゃって・・・。」
ふと、男の後ろを見ると更に数人黒服の男達が控えている。
・・・・おかしい、城の兵隊の制服はスーツだっただろうか?
それに襟元に見慣れない紋章が揃って付けられている。
城の、ビバルディの傍では見たことの無い紋章だ。
口を開こうとしたアリスの眼前に銃が突きつけられた。
状況が飲み込めないアリスに男は笑顔で話しかける。
「自分から罠に掛かってくるとは・・・、
帽子屋は情婦にしっかりと教育をしていないらしい。」
頬に銃を軽く数回叩きつけられ、アリスは体を強張らせる。
その銃は既に血に濡れていた。
アリスの頬との間に鮮血が糸を引くほどに。
「お前を今からある方の下へ連れて行く。
せいぜいご機嫌をとれよ。帽子屋の様に。
恨むのなら帽子屋を恨むんだな。」
「歩け。」冷徹な声色でアリスを脅す。
拳銃をこめかみに突きつけられ、アリスは震える足を踏み出した。
肌に触れる銃口の冷たさと硬さが、アリスの動悸を激しくする。

後には薔薇のコロンが香る手紙が残された。