Gjakmarrja



「ようこそ、帽子屋ブラッド・デュプレ。」

「兄弟そろってお揃いとは恐れ入るな、カルロス。」
手を広げて上機嫌で迎え入れた男とは正反対に、
ブラッドは無表情に目だけで返事を返した。
「君こそ、三月ウサギと門番までお揃いとは物々しいね。
君の奥方も待ちかねていた様だぞ。」
「・・・・・・・っ。」
前髪を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる。
涙で目元の化粧が滲んで、きっとひどい顔をしているに違いないと
アリスは出来る限りブラッドの視線から顔を逸らした。
「・・・やはりお前は趣味が悪い。
飾り立てれば良いというものではないのだよ。」
少しの沈黙の後、険も隠さず車椅子の男、カルロスを睨みつける。
アリスの顔を見て、ディーとダムは頭に血が昇ったのか
しきりに斧を握っては離し、握っては離す仕草を繰り返していた。
「少女趣味が君の好みだと?
いやはや、素晴らしい。
さすが帽子屋ファミリーのボスだ。洗練されている。
今度是非教えを請いたいね。」
「下らんは話題はもう十分だ。さっさと本題に入ったらどうだ。」

数度、部屋の室温が確実に下がった。
「君には度々世話になっているからね。是非礼がしたかったんだ。」
唸る様に上目遣いでブラッドを見るカルロスの目は濁っていた。
「女性が居る前では野蛮な事はお互いにしたくないだろう?
・・・・カードゲームはどうかね。
手軽で平和的だ。それにここはカジノだ。賭け事にはお誂え向きだよ。」
「結構だ。とっとと終わらせて始末をつけたい。」
「誰が私と君がやると言ったんだ。」
ブラッドの一言に、さも可笑しそうに腹を抱えて笑い出す。
掴まれた前髪へ伸びる腕の先を、アリスは不審気に見やる。
澱んだ目がこちらを向き、にたりと笑った。
金髪から覗く常軌を逸した光に、鳥肌がたつ。

「君と帽子屋がゲームするんだ。」

「そうとも、昔の諍いで片腕を失くしてしまった兄には厳しいゲームだ。
だから、この麗しいお嬢さんとその夫である君にプレイしてもらう。」
控えていたエイデンが横から口を出す。
ゆるやかな動作で葉巻をカルロスへ銜えさせ、火を点ける。
「帽子屋、君が勝てば君と部下達は無傷で帰そう。
だが、このお嬢さんは残念ながら死んでもらう事になる。
反対にこのお嬢さんが勝てば、
君は部下もろともここで死んでもらう。
良ければ君の領地は私が頂こう。
託された意思を受け継ぐのは友人として当然の事だ。
まぁ、コツは簡単だ。帽子屋、君が本気を出せば良い。
それに情婦の一人や二人いなくなっても支障はないだろう?」
葉巻の煙を吐き出し終えたカルロスが事もなげに言い放つ。

「んな馬鹿なこと、ブラッドが受けるはずがねぇ!!
馬鹿にしやがって!ふざけんなっ!!」
「・・・おっと、いきなり交渉決裂か?
このゲームに乗らんのならこの小娘は殺しても構わないよな、カルロス?」
「勿論だよ、エイデン。首だけ土産として帽子屋へ渡してやれ。」
アリスの首筋にエイデンの冷たい銃口が突きつけられる。
くすくすと悪趣味な内輪の会話を楽しむ男達に、
エリオットは頭の中が真っ白になった。
すぐさま弾を撃ち込もうと銃を抜くと、ブラッドにステッキでまたも止められる。
しかしブラッドの目はエリオットに劣らずギラついていた。
その様子を鼻で笑いながらカルロスは続ける。
「お嬢さんには君たちの組織の仕組みについて既に色々話してもらった。
口の軽い情婦を妻にすると、こんなに恐ろしいものかと
私はしみじみ感じたよ。情報をバラされた君たちに深く同情するよ。」
「嘘よ!!私何も言ってないっ!」
「教えてくれたじゃないか。昨晩、私のベッドの中で。」
ひゅうっ、とアリスの喉がなる。
・・・この男は何を言っているんだろう。
そんな事一度もありはしない事なのに・・・!
頭に血が昇ったアリスは激情を堪える為、無意識に唇を噛んでいた。
端から、つ・・・と血が伝う。
ディーが心配げにアリスを見やり、ダムは焼け付くような目をカルロスに向けていた。
「そちらに座りたまえ、帽子屋。カードを配るぞ。」
カルロスはにやにやと笑いながらアリスの向かいの席を指差す。

配られたカードを手に、アリスは固まっていた
今まで、ブラッドとポーカーをした事は数え切れない程あるが、
こんなに心臓に悪いポーカーはしたことが無い。
しかも確実に自分は死ぬ。ポーカーでブラッドに勝てたためしが無い。
もし万一にも勝てたとしても、ブラッドが死ぬ事になる。
・・・いや、その可能性は極めて低い。
帽子屋ファミリーと自分を天秤に掛ければ、明らかに優劣は見えてくる。
自分はこのゲームが終わり次第、殺されるのだ。
ブラッドはいつもの様に手は抜いてくれないだろうし、
気まぐれで妻にした私の事など、死んでも・・・直ぐに忘れるに違いない。
目の前のカードが涙でゆがんで見える。

(・・・・いやだ、嫌だ。ブラッド・・・っ。)

「アリス。大丈夫だ。
私が君の不利になる事は絶対にしない。
何も考えず、しっかりと役を揃えなさい。」

アリスの震える指を手袋をはめた手で、優しく撫でる。
ブラッドの考えている事が全く見当も付かず、アリスは
ただ、ただ、体の震えを抑えるのに必死だった。
「・・・わたしっ・・・言ってないっ。
なにも・・・話してないから・・・・っ。」
涙を拭いながら声を絞り出すアリスに、ブラッドは指を撫で続ける。
落ち着いた目でアリスを見返すブラッドの目は、穏やかな湖面の様に凪いでいた。
「信じるとも。君は私の命よりも愛おしい。
もし情報が漏れていたとしても私は一向に構わないよ。
責任は私が全て受け入れよう。君は私の傍に居てくれさえすればいい。」

今では懐かしいとまで思える帽子屋屋敷で
朝、昼、晩問わずそう囁かれた記憶が蘇る。
思わず笑みがアリスの頬に浮かんだ。

「お熱い事だね。お二人さん。
いい加減ゲームの終盤が見たいものだよ。」
まるで茶番でも見るように、つまらなそうにカルロスは葉巻をくゆらせる。
「そう言うなよ。いい見世物じゃないか。
天下の帽子屋が自分から降伏したんだぜ?
聞いたか、あの言葉。感動して涙が出てくるぜ。」
笑いを噛み殺してエイデンはカルロスの肩をつつく。
「夫婦でどちらが死ぬか、賭け合う状況ってのも
またなかなか見れないもんだ。広い心で見てやろうぜ。」
「そのとおりだ、エイデン。君は実に懐の深い男だな。」
急に名前を呼ばれ、意表を突かれた赤髪の男はブラッドを睨みつける。

「私がこの部屋までやって来たのも、
君が次期ヴィトー一家のボスにふさわしいか見る為でもあったんだよ。
短期間でファミリーを立て直したのも君の力あってこそ、だそうじゃないか。」
カードをめくる手を休めず、目も離さずエイデンへ話しかける。
「何の話だ、帽子屋。」
カルロスは牽制する様に葉巻を灰皿に押し付け、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「負けて、死に行く男の戯言だ。
聞き流してくれても構わないが、
エイデン、君にとっては非常に有益な事なんだが。」
「・・・自分の状況が分かってないと見える。
ここは私の本拠地だ。君は敵の懐に居るのだよ。
私の指示一つで君を殺す事も簡単に出来る。
ひいては帽子屋ファミリーを壊滅させる事だってできる。
現に今、君の屋敷へ部下を派遣しているんだぞ。」
カルロスは鬼の首を取ったかの様に高らかに宣言した。
「屋敷を攻めても何にもならんぞ。全構成員をこのカジノ周辺に集めている。
屋敷はもぬけの殻だ。何も残っていない。
今頃表の方は片付いた頃だろう。
・・・・マフィアの抗争でボスである兄が死に、
若くして有能な弟が一家を引き継ぐ、なんて美談だぞ。
どさくさに紛れて始末してしまえばいい。手伝ってやろう。」

邪魔だろう?と小首を傾げてエイデンを見るブラッドは実に楽しそうだった。
エイデンはちらりとカルロスを見やる。
対するカルロスは灰皿に押し付けた葉巻を握ったまま微動だにしない。
「ヴィトーファミリーのボスになれるんだぞ、良い話だとは思わんかね?」
にっこりと、それはもう気味が悪いほどの満面の笑みを浮かべるブラッドに
エイデンは不審気に目を細める
「車椅子のボスなぞ部下に取ってみればお飾りにしか過ぎん。
君も本当はそう思っているんだろう?
第三者から見ても、若く野心に燃える君の方が将来性がある。
後ろで指を銜えて眺めていた利権を今度からは自分の手で動かせるんだぞ。
それに君となら良い関係が築けると感じているんだ、エイデン。
それこそ最初は部下の士気の建て直しに大変な思いをする事になるだろうが、
そんな事は問題じゃない。私達帽子屋ファミリーが全面的にバックアップしてやろう。」
アリスの首元に突きつけられていた銃口がゆっくりとカルロスの方へ向く。
「・・・騙されるな、エイデン。」
車椅子の男は額に大量の汗をかき、金髪を振り乱しながら叫んだ。
「殺してしまえ、エイデン。」
いたぶる様な声色に、弾かれた様にエイデンは引き金を引いた。
振り返ったカルロスの首を銃弾が貫いた。
傍にいたアリスにまともに血が降りかかった。
言葉を発する事も無く、崩れる様に車椅子から滑り落ちる男から目を離せない。
ふと聞こえた、乾いた拍手がアリスの停まった時を巻きなおす。
ブラッドは満面の笑みを浮かべたまま、気だるげに掌を叩く。
エイデンは立て続けに部屋に居た黒服の部下の眉間にも残らず弾を撃ち込んだ。
その間もブラッドの拍手は止まない。
何か、拍子をとっている様にも感じられ、アリスは戦慄した。

「素晴らしい、君こそヴィトー一家の次期ボスにふさわしい。」
一通り、部屋の中に居た部下達を始末し終えた赤髪の男に
優しくブラッドは語り掛ける。
「・・・所で、君はボスを殺すときの三箇条を知ってるか?」
ブラッドは腰掛けたまま、優雅に帽子を膝に置く。
エイデンはかけられた言葉の意味が分からず銃に弾を装填する手を止めた。

「教えてやれ。」

ブラッドの気だるげな一言でエリオットとディー・ダムが構える。
テーブルに置かれていたトランプが斧の風圧で部屋中に散らばった。
壁に掛けられた絵画やランプも、音を立てて、塵に還る。
なのに、エリオットや門番達は足音一つ立てずエイデンへ迫る。

「その一、バレない様に綿密に。」
エイデンの構えていた銃は一太刀の元にディーの斧の錆となった。
「その二。直属の部下を先に始末しろ。」
ダムの斧が血の尾を引いて振りかざされる。
兄と同じ様に片腕を切り落とされ、絶叫を上げて床に倒れこむ。
「そして最後は、背後に気をつけろ、だ。」
エイデンのこめかみにエリオットの銃が上から突きつけられる。
その額には脂汗が浮かび、兄に劣らず醜態を晒した。
「助け・・・助けてくれっ!命だけは、何でも言う事を聞く!!」
泣きながらブラッドへ手を伸ばそうとするエイデンに、
ブラッドは軽く溜息を一つ落とした。
「カルロスはこの状況でも命乞いはしなかった。
お前はあの男以下の存在だな。
これ以上時間を掛けてやるのも可哀想だ。
・・・・・・エリオット。」
冷たく言い放ったブラッドの顔にはもう笑みは浮かんでいなかった。
エリオットは迷い無く引き金を引いた。
銃撃の音と共に血飛沫がアリスの頬に飛び、ビクッと身を竦ませた。
「お前らの事だ。私が勝っても、アリスが勝ってもどちらにしても
帽子屋ファミリーを潰す気だったんだろう?
悔しいだろう?腸が煮えくり返りそうか?
・・・・・あぁ、もう死んだんだったな。」
膝を付いた状態のエイデンを片足で蹴り倒す。

固まった状態のアリスに双子の門番達は勢いよく抱きついた。
「お姉さん!お姉さん、良かった!」
「怪我してない?大丈夫?痛いところとか無い?」
斧を放り投げてしがみ付く双子に、立て続けに質問され、上手く頭が回らない。
何か返事をしようとするが、唇が動くだけで言葉が出てこない。
座っていたはずのブラッドが後ろから抱きしめてきた。
「ブラッド・・・私、・・・・ごめんなさい。」
それだけしか伝える事が出来ず、夢中でブラッドにしがみ付いた。

「首が二つある蛇は、そのどちらかの首を食い殺さねば気が済まないからな。
その手伝いをほんの少し、してやっただけの話さ。」

言い聞かせる様に何度も頭を撫でられる。
エリオットにもブラッドごと力の限り抱きしめられ、
夫婦揃って肺の中の空気を根こそぎ搾り取られた。
それと同時に張り詰めていた何かが音を立てて途切れ、
アリスはそのまま気を失った。