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Fortune Tea 『見てみて、アリス。これ何に見える?』 いつもの休日の昼。 いつもの庭のガーデンチェアに腰掛けて 姉さんはいつもと違う事をしていた。 「なにこれ。・・・・何の葉っぱ?」 ふいに問いかけられた質問に、アリスは瞠目した。 常には無いイタズラっぽい笑みを口の端にのせて、 楽しそうにアリスの顔を覗き込む。 『これは紅茶の葉っぱよ。 紅茶占い、フォーチューンティー。 カップの底に残った茶葉の形で未来を占うのよ。』 見れば確かに、茶葉だけを残して空になったカップと、 ソーサーが隣り合わせに並んでいた。 「ふうん。・・・でもそれって受け取り方の問題じゃない?」 『まぁ、アリス。そんな事言わないで。 日常に溢れている物で占いができるなんて、とても素敵な事でしょう?』 「・・・・そうね、ごめんなさい。姉さん。」 『さぁ、アリスには何に見えるかしら?』 「ただの茶葉の塊にしか見えないわ。」 『もう・・・・この子ったら・・・。』 優しくアリスの髪をなでて、困った様に笑う。 「でも姉さん、何を占ってるの?それはすごく興味があるわ。」 『ふふふ、それはね・・・・・』 「はぁ・・・・・。」 何度やっても意味の分からない形しかできない。 もう十分に喉も潤ったし、自分の想像力の底が見えた。 さっきから飲み干した紅茶の茶葉と睨みあっているのにも飽きた。 大きく伸びをして机の上に突っ伏す。 (・・・・ブラッド。) 随分前から続いているブラッドとの関係。 居候であり、親しい友人でもあったはずなのに いつの間にかそれは遠い過去になってしまった。 ボタンを一つ掛け違えただけで、どんどん互い違いになる様に、 物事がどこかアリスの思っていない方向へどんどん流れてゆく。 ブラッドは何を考えて、私を傍に置きたがるのか。 何故、私をこんな宙吊りのままで放っておくのか。 ブラッドの考えている事を少しでも知りたい。 ・・・・例えそれがアリス自身の何かを壊す事になっても。 今のままでいるよりかはずっとましだ。 そう思えた。 もしそんな事になったら、心だけここに置いて行けばいい。 いや、既にあの男の手の中に自分の心は握られている。 本当に、不本意で不愉快な事だが それは変えられない事実だった。 元の世界に戻りさえすれば忘れられるのだろうか? この苦しみも、辛さも、寂しさも。 全部忘れて。 たかが紅茶の葉っぱにさえ拠り所を求める 自分の惨めさに、心底溜息が出てくる。 「何をしているんだ?」 前方を見た。 常識を逸脱した奇抜なセンスの帽子。 それにそぐわぬ燕尾服もどきの白い服。 紳士的な態度とは裏腹に、けだるそうな口調。 ・・・・ブラッド・デュプレ、その人。 アリスは思ってもみなかった事態に驚いて 椅子を蹴飛ばして立ち上がった。 激しい音を立てて、椅子が倒れる。 手を組み、顎を乗せた男は視線だけで倒れた椅子を見やった。 「ブラッド!?なっ、何でもないわよ。」 アリスの慌てた姿など、どこ吹く風。 音も無く忍び寄ったこの男は おもむろに帽子を取り、アリスのカップを手に取る。 「紅茶占いだろう?見て分かる。」 カップの底に散らばった茶葉をアリスに見せる。 よりによって占いをしている所を本人に見られるとは。 そもそも何でブラッドが部屋に入ってこれたのか。 確か鍵を掛けておいたはずなのに。 自分の領域なら何でもできるとはいえ、マナーが悪すぎる。 あぁ、そういえばこの紅茶の茶葉はブラッドのお気に入りだったっけ。 飲み終わった後の茶葉とはいえ、粗末に使ったら機嫌が悪くなるかも。 大体、この状況をどうこの男に説明したらいいのか。 色々な事が頭の中に渦巻いて、アリスは答えられなかった。 「どの男との事を占っていたんだ。」 「は?」 アリスを悩ませていた張本人に突拍子も無い質問を投げられ 呆けた顔をすることしかできない。 「それとも、まだ元の世界に戻りたいのか。」 「ブラッドには関係ない事だわ。」 だんだん、この男の勘違いに気づき始めたアリスは 言葉を険のあるものに変えて、反発する。 元の世界に戻りたいわけじゃない。 戻らなければならないだけだ。 アリスの中の何かが、この世界に留まる事に警告を発している。 それに、好きな男に覚えの無い不貞をつのられるとこんなに ムカムカして悲しい気持ちになるなんて知らなかった。 感情のままにブラッドを立ったまま睨みつけると 対するブラッドは真っ直ぐにアリスを見つめてくる。 「どうやら、図星の様だな。」 勝ち誇ったように、けれど苛立った様子でブラッドが足を組む。 (・・・ちがうってば!) アリスの腹立ちを更に加速させるこの男は本当に鈍い。 本当は、骨が折れるまで足の甲を踏んでやりたいが、 ブラッドが座っている為にいかんともし難い。 変わりにポットに残った紅茶を、勢いよくその黒髪にぶっかけてやった。 帽子をしていないブラッドは、まともに頭に被る事になった。 「・・・ぬるい。 冷めた紅茶ほど不味いものはないよ。 ・・・・紅茶が冷めてしまう程、何を占っていたんだアリス。 現実主義な君らしくも無い。よっぽどの事なんだろうなぁ?」 ぽたぽたと、濃い琥珀色の雫を髪から滴らせ ブラッドは無防備なアリスに凄む。 「・・・・そうね、今の私にとってすごく重要な事よ。」 アリスにとってみれば、 それは本音を交えた売り言葉に買い言葉だったが 何も知らないブラッドにとってみれば不愉快極まりない答えだろう。 目を僅かに見開いて、ブラッドはアリスの背後に立った。 横から伸びてきた腕に捉えられたアリスは、 嫌でも握られたカップを覗き込む格好になった。 「知っているだろうが、左側が過去、右側は未来。 底への距離は時間を示している。 つまり底に沈んでいるものは、とても遠い時間軸にあることになる。 」 つまらなそうにカップの底に残った茶葉を読み解いて ブラッドは鼻で笑った。 「良かったな、アリス。占いの結果は上々だぞ。 だが・・・・たかが占いだ。」 ブラッドの手から離れたカップは小さな音を一度だけたてて、 それっきりその形を失くしてしまった。 残されたのは、散らばる白い欠片と色褪せた茶葉だけ。 ブラッドは、すり潰す様に靴でそれらを踏みにじる。 普段のブラッドらしからぬ振る舞いに、アリスは体を強張らせた。 「アリス、君は何もわかってはいない。 君が優先すべきは、何をおいても私であるべきだ。 郷愁や雑魚に対する恋情であってはらないんだよ。」 わかるだろう?とブラッドはアリスの両肩に手を這わせる。 「代えのきかない存在というのは、 余所者の君にも意味は理解できるだろう? 全く、計算外の事ばかりおきる。予想も付かない。 自分の気持ちにも整理がつけがたい。面倒な感情だ。」 この世界には無い、心臓を握り潰されるような気がして、 アリスは浅く息を吐いた。 「君はここから出る事はできないよ、アリス。 この抗い難い感情が消えてしまう日など、 おそらく永遠にこないだろうから。」 |
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