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とある王女の一考察 外国では“犯罪大国”として有名だし、麻薬や密輸武器は必ずこの国を通ってやり取りされる。 夜なんて半端じゃないくらいに殺傷事件が起きている。(昼だって看過できないレベルだ。) 当然、そこで生まれ育った男なんて最低で下劣で目も当てられないくらい腐ってる。 私の目指す、『普通』とは次元がかけ離れ過ぎている。 恋人に、ましてや結婚相手に選ぶはずはない。 ・・・・・はずだった、のに。 「どういう事なのかしらこれは。」 寝台の上で王女アイリーンは呟いた。 王宮の離れには王室専用の休憩用の部屋があり、水路までひいている。 普段はめったに使われないが、この男と婚約してから頻繁に足を向けるようになった。 その部屋で、スチュアートに膝枕をしていた。 あまつさえ、自分はその銀髪を撫でている。 恋人みたいだ。いや、婚約までしたのだから、関係はそれ以上だが。 よりによってこの男と恋仲になるなんて。 「しかし本当に、・・・顔だけは綺麗よね。」 常人離れしたこの男の美貌は、国内だけではなく諸外国でも有名らしい。 氷の様な冷たさを感じさせる容貌と貴公子然とした態度に、女心がくすぐられるようだ。 今のように目を閉じて寝入っている顔は、幼い頃の面影が残っていて 険がとれている感じがしてとても好きだ。 そっと指を頬へと伸ばし、顔にかかっている髪をはらう。 顔を近づけて、まじまじとその寝顔に見入る。 「何で顔の美しさに性格の良さが伴わなかったのかしら。」 顔の造詣の美しさは言うに及ばず、 頭も切れ、王宮の出世頭の一人でもあるのに、尋常じゃなく口も性格も悪い。 ギルカタール育ちだからと言ってしまえばそれまでだろうが。 さらさらと音を立てて滑り落ちる銀髪は、まるであの日のスチュアートの様だった。 子供時代が終わったと思い知らされた、あの日。 自分の中の大事なものが一番大切な人に壊された日。 もう戻れないとその場にうずくまるしかできなかったあの遠い日。 ・・・スチュアートが私から離れていった日。 両親との賭けが始まるまで、自分の道はこの男の道とはもう交わらないのだと思っていた。 「・・・好きよ、スチュアート・・・。」 子供の頃に胸の奥にしまっていた恋心が、大人になっても肥大してゆくのを止められなかった。 今思えば、砂上の楼閣の上で一人で踊っていただけだったのだろう。 握りあっていたその手を離された時、幼い私は昏い奈落の海に落ちてゆく夢を何日も見続けた。 足を蹴っても蹴っても浮上しない自分の体、遠く離れ翳んでゆくスチュアート。 いつも目が覚めると涙で枕やシーツが濡れている。 何年か経つと、感情の殺し方を学んで泣く事は無くなったが、 澱の様に心の奥底に何かが溜まっていくのが分かった。 「アイリーン?」 呼ばれて、はっとした。 「どうした・・・何故泣いている。」 スチュアートの指が目尻を撫で、雫を掬い取る。 慌てて頬を伝う涙を拭おうと、伸ばした手をスチュアートに絡め取られる。 「・・・何でもないわ。眠くなって・・・あくびしただけよ。」 ふとした時、会話の途切れた時、一人でいる時、 押し殺していたスチュアートに対する負の感情が染み出してくる。 「すぐばれる嘘をつくな。」 少し呆れたように溜息をつき、私の手の平に口付ける。 「しばらく前から起きていたんだ。 嘘をつくならもっと捻れ。子供でも直ぐ気付くぞ、そんな嘘は。」 「起きてたんなら言いなさいよ。ホントに性格悪いわね、あんた。」 「お互い様だろう。・・・それより何故泣いていた。」 すっ、と表情を変えて見つめてくるスチュアートに、思わず二の次が返せなかった。 押し黙った私にじれた様に、声を荒げる。 「では、質問を変えよう。 『どういうことなのかしら、これは。』とはどういうことだ?」 『この男はっ!最初から起きてたんじゃない!』 声にならない叫びを上げながら、心のなかで身悶える。 独り言を他人に聞かれる事ほど恥ずかしい事はない。 ましてや無防備な独白を、寝たふりをした想い人に聞かれたら。 しかもそこから起きていたのなら、顔が綺麗云々、性格が云々、全部聞かれていたのだろう。 「・・・それはもう自己完結したわ。あんたには関係ない事よ。」 「そうか、何やら聞いている限りでは、私が関係しているようだが?」 小馬鹿にしたように鼻で笑われる。 ぐうの音も出ない。本当にこの国の男はたちが悪い。 「まぁいい。 普段はとても聞けない様な事を吐露してくれたんだからな。」 「ちょ、・・・っスチュアート、そろそろ執務に戻ったら?」 不穏な雰囲気を感じて、思わず身構える。 「執務なぞ放っておけばいい。誰かがいずれやるだろう。」 もうすぐこの子の父親になるだろう男は、上機嫌で起き上がり、私を押し倒した。 「私も愛している、アイリーン。」 こめかみに、額に、頬に、落ちてくる唇を もっと、というように受け止める私も随分落ちたものだ。 でもその先は医者に止められている。 その理由すらこの男はまだ知らないだろうけれど。 「だめよ。スチュアート。安定期までしないから。」 「なに?」 「気が乗らないの。」 これは本当だ。最近食欲も集中力も無くなってきている。 ずっと気分も悪いし、とてもそんな事をする気になれない。 「お前と言う奴は・・・。雰囲気というものが読めんのか。」 「読めるわ。でも乗らないものは仕方ないじゃない。」 スチュアートの胸を押して、その腕の中から逃れる。 「・・・安定期とはどういう事だ?」 寝台の上でポツリと呟いたスチュアートにそっけなく答える。 「そういうことよ。」 時の止まったスチュアートの唇に一つ口付けを落とすと、乱された服を整えて部屋を出た。 少し間を置いて、部屋から盛大に物が倒れる音がして、扉が開く音がした。 『もし・・・もしまた、あんたが私の手を離す事があれば・・・殺してやるわ。 そうならない様に、あんたは私をいつも想ってなければならないのよ?』 早足に追いかけてくる男を嘲るようにわざとゆっくりと歩く。 微笑んだその顔はギルカタールの王女らしいものだった。 『ねぇスチュアート、そうでしょう?』 |
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