千夜一夜


こうしてこの国に逃げてきてから、
夜毎寝る前にスチュアートはおとぎ話をしてくれる。
意思を持つ宝石たちの話や、海の底に沈む失われた古代文明の話。
偉大な女神たちの話や、世界を支える大樹の話などを
子守唄がわりに聞かせてくれる。
故郷にいた時には、決して見せてくれなかった穏やかな笑顔で
私の髪をやさしく梳きながら話してくれる。

「今日は何の話をして欲しい?アイリーン。」
私は何だかくすぐったくてスチュアートの胸に顔をうずめた。
ベッドが僅かにきしむ。
「あんたが話してくれるなら何だっていいわ。」
スチュアートは私を抱きなおして、ゆっくりと口を開いた。
「・・・そうだな、今日は少し変わった話を聞かせてやろう。
・・・少しだけ長くなるかもしれんが、良いか?」


−−−−−−昔、ここから遠く海を隔てた国に、一人の少年がいた。
少年は生まれた時から、愛情というものを知らなかった。
自身の両親からはそこに存在しないものとして扱われ、
滅多に顔をあわせる事もなかった。
少年は自分を取り巻く全ての人間に全く信頼というものを抱いていなかった。
それらは全て使役し使えなくなったら捨てる“駒”でしかなかった。

「・・・“駒”だなんて、
・・・その子は自分の両親もそんな風に見ていたのかしら?」
つい口を挟んでしまった私の頭をなでながら、
スチュアートは少し寂しそうに微笑む。

−−−−−−そうだな。そう思わないと、
自分を保っていけなかったんだろうな。
だが、ある日を境に少年に変化がおきた。
王宮で宴が開かれ、少年は両親と共に王宮へ赴いた。
少年の家はその国でも高い地位を得ていて、
王族の祝賀の列に参じなければいけなかった。
そこで一人の少女に出会った。
そして人に対して愛情というものをはじめて抱いた。
深い藍色の髪と、よく響く明るい声は
少年の心にこれまでにない安寧をもたらしてくれた。
・・・例え少女が一国の王女で、自分は一家臣の息子でしかなくても。

「!・・・それって・・・」驚いて顔を上げると、
静かな瞳に見つめ返された。
いつものスチュアートの物と違う、瞳の奥底に青い炎がくすぶっている。

よく二人は一緒に遊ぶ様になり、比例して少年の恋情は募る一方だった。
少女に会わなければ一日が始まらない様な気がして、
日もあけずに毎日会いに行った。
少女と一緒にいる時間は少年に周囲のしがらみを忘れさせ、
光の様に過ぎていった。
そのうち、少女が自分以外の者に話しかけたり、
笑い合う姿を見るのが絶え難くなった。
少年は自分の中に闇の部分を見い出した。
他の子供と楽しげに話していた。
それだけで胸をかきむしりたくなる様な衝動に駆られる。
そんな時、ある一つの出来事がおこった。
・・・母親の死だ。

思わず息を呑む。
スチュアートの抱きしめる腕に力がこもり、更に引き寄せられた。

こういう死に様は絶対にしたくないと思った。
叶わぬ恋に縋りつき、
みっともなく自分を無くす様な真似はしたくないと思った。
母が見返りもせぬ父を追い求めている様が、今の自分と重なる。

この胸にある恋情を何とか押し殺して、
・・・封じてしまわねば二の舞になってしまう。
現に今、身の内にある獣をこれ以上押さえつけられる自信が無い。
このままでは少女をとんでもない目に合わせてしまうかもしれない。
それだけは何としても避けなければ、と少年は思った。

「私は逃げたんだ、両親からも、・・・お前からも、アイリーン。
・・・私は両親の嫌な所ばかりを受け継いでいる様だ。」

「・・・それは言い訳にはならないわ。
・・・私がどんなに辛かったか、寂しかったか、
あのまま傍にいてくれるんだったら、何でもしたわよ・・・スチュアート。」
ぎゅっと背中にしがみつく私の腕を絡めとって、深く抱きなおされる。
薄い唇が耳に触れ、熱い息がこぼれる。
「あの頃の私を許してくれとは言わない。
今の私なら絶対にお前から離れたりしない。」
「当たり前よ、
・・・あんた、もしもう一度私から離れたらなぶり殺してやるわ。」
「それは全く心配ないぞ、アイリーン。
お前こそ私から離れてみろ。
二度と私以外の人間には会えない様にしてやる。」
相変わらずこの男は陰湿で自分勝手で傲慢だ。
そんな男に惚れてしまった自分は大馬鹿だ。
現に大豪邸で監禁に近い束縛を受けているのに苦痛を全く感じない。
檻から逃げ出す必要性を感じない。
むしろ喜んで鎖に繋がれていたい。この男の傍で。

「そういえばずっと思ってたんだけど、おとぎ話なんてどこで覚えたの?
あんたの育った家庭環境ではとても知る機会なんてなさそうだけど?」
「・・・母が自殺する少し前に、話して聞かせてくれた。」
追憶を瞳に滲ませて、黒髪を指に絡める。
「死ぬ前に母親らしい事をしたかったのか、
おざなりにしていた私に急に優しくなった。
その頃にはもう私も大きくなっていて、おとぎ話を聞く様な歳ではなかった。
やはりあの女の目には何も写ってはいなかったが、
“普通”の、なにもしがらみのない時間を感じる事ができた。
・・・一度、私を寝かせつけているうちに自分が先に寝入る事があってな、
寝ぼけていたのか、私に指を伸ばして頬をなでてきた。」
言いしな、スチュアートが私の頬をなでてくる。
「自分にも親がいたんだと少しだけ思えた。それで全て許せた。」
「っ・・・スチュアート・・・。」

「お前が傍にいればそれでいい、私は幸せだ、アイリーン。」
銀糸の髪をゆらして覆いかぶさってくるスチュアートの背に手を伸ばす。
スチュアートの抱擁は縋りつくようで、何かを堪える様にも見えた。
「愛してるわ、スチュアート。
私はどこにもいかない。あんたの傍にいるわ。」
その一言で強ばった体が解けてゆくのがいとおしい。
「私は・・・本当に幸せだ、私も愛している、・・・アイリーン。」
かみ締める様に、耳元へ囁く。ベッドがもう一度だけ軋んだ。

故郷からは遠く離れてしまったけれど、
二人の距離が離れる事はもう二度とない。

そう祈って、願って、今宵も二人の睦言は続いてゆく。


駆け落ちED後のスチュアイ。
このEDが一番書きやすい。本当の意味で幸せになれた二人って感じで好きです。
実際スチュアートのお母さんって尋常じゃなく気の毒ですよねm(_ _)m
おのれヨシュアめ〜。щ(゚Д゚щ)