結婚狂騒曲

夜の帳が降り、、空には血のように紅い満月が輝く夜
王立国教騎士団ヘルシング邸宅の地下深くで、2人の男が密談を交わしていた。

真紅のコートを羽織り、自らの棺桶に腰掛け不死の王は嗤う。
手には支給された血液パック。血液型はA型のものだ。
少し離れた場所には椅子に腰掛けた傭兵団隊長、ベルナドットがいた。
「旦那、何でそう上機嫌なんです?何か良い事でもあったんですかい?」
「ついにこの時が来た。」
地の底から響くような声に僅かにひるむ。
景気付けに用意されたワインをひとくち口に含んだ。

「私は結婚する。」

思わずベルナドットは飲んでいたワインを噴き出した。
「勿論、インテグラとだ。」
「なっ、・・・は?はあぁっ!?」
思わず立ち上がったベルナドットに、アーカードはけだるげに睨みつける。
「何だ。」
「き・・・許可は取ってんすか?あの局長に。」
「まだ取ってはいないが、時間の問題だ。気持ちは通い合っている。」

『絶対ウソだ。』

心の呟きが聞こえたのか、アーカードが魔眼を細める。
「僕もそう思います!!」
人生で一番冷や汗をかきながら、ベルナドットは叫んだ。
それに満足したように頷くアーカード。
「インテグラが13歳の時からこの時を待っていたのだ。」
立ち上がり、優雅に両腕を広げる。
「輝くようなプラチナブロンド、愛らしい私を罵倒する唇、殺気を込めた紺碧の瞳。
私を殴り飛ばすときのあの天使の様な笑顔・・・どれをとっても完璧だ!」
鼻歌でも唄うような愉しげなその様子は不死者の王に似つかわしくない。
「あー・・・、でも今更じゃないんすか?
第一旦那、あんたもう死んでるから
英国国教会とかの承認が降りないんじゃないんすかね?」
「何も問題はない。承認に必要な条件はきちんとググって調べてある。」
おもむろに懐から文字がびっしり書かれたB5サイズの羊皮紙を取り出した。
「お前を呼んだのは他でもない、いくら私が500年近く生きているとはいえ、
英国の婚姻のしきたりついては識が無い。いくつか聞きたい事がある。」
『ま・・・マジかよ・・・。』
くだらなすぎて付き合いたくないが、
目の前の恐怖の権現によもやそんな事を言えるわけが無い。

「旦那の結婚話の為にわざわざ俺を呼び出したんですか?」
何か適当な理由でも付けてどう無難にかわすか考えあぐねていると、
アーカードはチケットの様なものを2枚取り出した。
「某ネズミーランドの1日フリーパスだ。
しかもプラチナ物で最高級のロイヤルホテル宿泊券付。
あの半端者でも誘うといい。」
「是非、お手伝いをさせて下さい!」
ちゃっかり懐柔されたベルナドットは、先程とは打って変わって超乗り気で応えた。
「でもいいんすか?俺らが使っちゃっても。旦那と局長の分ないっしょ?」
「ぬかりない、全部で4枚持っている。」
『どんだけ。』
いそいそと大切にチケットをポケットに入れる。


「あれ?隊長サンこんな所にいたんですか?」

素っ頓狂な声が聞こえて、男たちは振り向いた。
「珍しい組み合わせですよね!何話してたんですか?」
いたずらっぽく微笑んだセラスはひょこひょこと2人の間に割って入る。
「私とインテグラの結婚についてだ。お前も混ざれ、婦警。」
「けっ、結婚ですか!?マッマスターと・・・インテグラ様が!?」
『ありえないっ!』という顔をしたセラスにベルナドットが突っ込む。
「嬢ちゃん、知らないのか?
ワイルドギースの中ではすっげぇ有名なカップルなんだぜ?」
ありもしない事を平然と言うベルナドットにセラスは、猜疑の念を拭いきれずにいた。
「本題に戻るぞ。」
先ほどのベルナドットの発言に気を良くしながら、アーカードは話を続ける。
「私が死んでいるという事は障害にはならん、
既に貴族の民事登録簿(戸籍)を買収してある。」
「でもそれだと、何週間か連続で日曜日教会に行かないといけないんじゃなかったか?」
煙草に火をつけながらセラスに問う。
「“結婚予告”ですかぁ?そんなの今時の若者はしませんよぉ〜。」
「教会通いなんぞ面倒くさい。すっとばせる様な妙案はないのか?」
「得意のエロ光線か何かで解決しそうなもんですけどね。」
「でもインテグラ様のウェディングドレス姿・・・見てみたいです!」
セラスはうっとりと呟く。
『白いドレスに身を包み、幸せそうに微笑むインテグラ様・・・
私に向かって軽やかに駆け寄るインテグラ様・・・
そっと私の手をやさしく握るインテグラ様・・・
そして私の頬をそっと包み込むインテグラ様・・・
ゆっくりと顔を近づけてくるインテグラ様・・・
あぁっ・・・!私、幸せすぎて死んでも良いですっ、インテグラ様っ!』

「婦警。」

ぞくりとするような鋭い声でセラスは我に返った。
地下室の温度が数度下がった様な気がする。
「主の接吻を受ける役は私のものだ。邪魔だ、どけ。」
すっかり固まってしまったセラスを庇う様にベルナドットは挙手をする。
「実際、式とかするんすか?旦那は平気でも嬢ちゃんはひとたまりもないっすよ。」
実際、静謐で神聖な教会の空気に
この吸血鬼になったばかりの少女は堪えられないだろう。
そうなったら困る。
ネズミーランドにも一緒に行けないし、キスも、その先もまだした事ないのだから、
その前に消滅されては非常に困る。
不純動機たっぷりのベルナドットの思惑は知らず、セラスは好感度をアップした。
そんな良い感じの二人を無視し、アーカードは小さな冊子を配った。
「心配は無い。
手元の“FOREVER☆LOVE☆アーグラ結婚式(2009年版)”16P目を見て欲しい。
ガーデンウェディングの予定だ。
食事はビュッフェ形式・立食パーティ形式にする。
テーブルクロスの色は真紅。
テーブルの中央には大画面のテレビを置いて、
私とインテグラの馴れ初めをビデオで流す。
ビデオの編集・製作はもちろん私だ。
引き出物は、カタログから選んでもらう。
予算削減の為に、神父はヴァチカンのエンリコ・マクスウェルを呼んである。
ご祝儀の相場は5万円から受付ける。
ハネムーンはルーマニアのワラキア地方周辺だ。
7泊8日の予定で行く。土産は前日前もって希望をとる。
概要は以上だ。・・・現時点で何か質問は?」
『こんな中身の無いタイトル見た事無い』
『自分でアーグラって・・・』
セラスとベルナドットは同時に心の中で呟いた。
これほどむちゃくちゃな結婚プランは初めて聞いたし、
冊子の後半には延々と二次創作もどきのアーグラ恋愛小説が描かれていた。
おそらくアーカードが書いたのだろう。
だいぶんインテグラの人格が破綻してしまっている。
「マ、マクスウェルってあの十三課の?大丈夫なんですかい?」
「うわぁ〜、アンデルセン神父も付いて来そうです〜。」
なんとかこの闇の魔王のイメージ崩壊を払拭しようと2人は頑張った。
「あの坊やに我が主の美しさを見せ付けてやるのだ。
二度と我が主をメス豚呼ばわりはさせん!」
フッとここにはいないマクスウェルを卑下する様に吐き捨てた。
そのときだった。


「何をしておいでですかな?お三方。」
カッと踵を響かせて、ヘルシング邸の一切を取り仕切る老執事がそこにいた。
笑顔ではあるが、目が笑っていない。
絶対零度の老執事の前に、セラスは微動だにできなかった。
絶対聞いてた、一部始終聞かれてたっ!
「セラス嬢、あなたにはベルナドット隊長を呼んできて欲しいと頼んだ筈ですが?」
静かな声にじっとりと怒りがはりついている。
「はっ、はいぃ!!」
びくっと体を震わせ、セラスはあっけにとられるベルナドットを地下室から引きずる様に連れ出した。
地下室にはウォルターとアーカードのみが残された。
「何を考えていた、アーカード。」
「別になにも。」
床に落ちていた冊子を拾い上げ、ぱらぱらとめくる。
「下らんな。貴様とお嬢様との結婚など。」
「妬みか、ウォルター。だからその歳まで結婚できんのだ。」
嘲る様な笑いを口の端に乗せ、アーカードは不敵に笑った。
ひゅん、と鋼鉄のワイヤーが宙を舞う。
FOREVER☆LOVE☆アーグラ結婚式(2009年版)の冊子が空中で塵に還った。
「私が結婚しないのは自分の意思だ。貴様のくだらん妄想騒動に付き合う暇などない。
それにお嬢様はまだまだ嫁にはやらんっ!」
切り裂く様なワイヤー音と銃撃音に空気がビリビリと震える。
机や椅子が破壊される音が部屋中に響く。
『局長が婚期を逃しているのはこの2人のせいなんじゃぁ・・・』
物陰に隠れて話を聞いていたセラスとベルナドットは思わず心の中で突っ込んだ。

命からがら逃げ出したセラスからインテグラの耳へこの騒動はすぐに伝わり、
執事には厳重忠告と賞与アップ、アーカードは3週間にわたり
輸血パック供給をストップさせられるはめとなったのだった。



3回目?の結婚上手くいくと良かったのにね、旦那。
アーカードとウォルターの犬猿の仲的なのが好き(自己解釈)。
私はドSなウォルターを推します!