神と貴女に誓って

弔いの賛美歌が扉越しに響く。
『今夜は久しぶりに大規模な展開だったなぁ。』
セラス・ヴィクトリアは
インテグラの護衛として教会まで付いてきた。
大分慣れると教会の中にまで入れるらしいが、
自分にはまだ無理だ。
膝を抱えて夜空を見上げる。

ーーーーーーほんの数時間前まで、
インテグラとセラスはロンドン郊外にいた。
英国特務機関からの命令で、ロンドン郊外に出没した
吸血鬼とグールの集団の抹殺を遂行するためだった。
インテグラの尽力により、数十分程度で速やかに殲滅されたが、
任務についていた隊員数名が犠牲となった。
今はその隊員達の亡骸を弔っている最中だ。

「インテグラ様・・・大丈夫かなぁ・・・。」
半端者の私が心配するのもずうずうしいかもれないけれど、
あんな瞳をしたインテグラ様を一人にしておける訳が無い。
あの人は部下が死ぬたびにあんな瞳をするのだろうか?
先程もこの教会に運ばれた棺ひとつひとつに手をついて、
じっと何かを耐える様な顔をしていた。
振り返った顔は平静さを装ってはいるけれども、
奥底に押し殺した感情が、隠しきれずにその瞳から滲み出ていた。
現場の返り血をそのままに、佇む姿は本当に痛々しかった。
「インテグラ様の事だから、
自分の指揮能力不足で死なせたと思っているんだろうなぁ。」
確かに部隊の人間が死んだ事には変わりないが、
インテグラの想定力と判断力がなければ、
もっと多くの人員が亡くなっていただろう。
それをセラスはヘルシングに入って間もないとはいえ、
十分に理解をしていた。
今夜は試験的に私が投入されたが、もしマスターが配置されていたら
今とは全然違う状況になっていたかもしれない。
インテグラ様もあんな瞳をせずに、同僚も死なずに、
被害も最小限にとどまっていたかもしれない。
今夜はあのチェダース村事件以上に自分の力不足を痛感した。

(・・・だめだ、堂々巡りになる・・・。)
セラスは人知れず頭を抱えた。
起こってしまったことは仕方ない事。
ああすれば良かったとか、こうすべきだったという考えは
考え出すときりが無い。
今何をすべきかを見失って、負の感情に囚われ続けてはいけない。
(・・・分ってはいるんだけどなぁ・・・。)
頭を抱えていたせいで、くしゃくしゃに 絡まった金髪をそのままに
セラスは立ち上がった。

外付けの階段をつかって、窓ガラス越しにインテグラを探す。
駆け込み同然に教会に運んだので、
局員はインテグラと他数名しかいない。
小振りのステンドグラスから月光が差し込み、
仄暗い教会内に淡い光で満たしていた。
燭台に灯った蝋燭の火がか細く震えるその横で、
インテグラは祈っていた。

白い手袋が今夜はやけに白く映える。
銀糸を溶け込ませたその金色の長髪は
ほんの少し短くなっている様にセラスは感じた。
(あれ・・・?・・・気のせいかな。)
窓に体を張り付かせて、更に様子を詳しく伺う。
(・・・・見間違いじゃない、髪が少し短くなってる・・・。)
さらりとスーツの肩越しに金髪が滑り落ちる。
その髪先は不揃いで、お世辞にも整えられているとは言いがたい。
セラスが不思議そうに見つめる中、厳かに儀式は終わった。

「インテグラ様・・・少し髪切りました?」
最後に出てきたインテグラに、少し間を置いて尋ねる。
「・・・あぁ、やっぱり気付いたか。
屋敷に帰ったら 、ウォルターに整えてもらうとするよ。」
葉巻に火を点けながらセラスに微笑みかけた。
「いつ切られたんですか?すぐ教会に入っていったから
そんな時間無かったはずですけど・・・。」
「勿論、この教会の中で切ったんだ。・・・自分でな。」
紫煙を吐きだしながら、ゆっくりと歩き出す。
「棺桶に少しだけ入れてきた。
あの隊員達が亡くなったのは・・・私の責任だからな・・・。」
コートを羽織った後姿をセラスは呆然と見詰める。
ふとインテグラが振り返った。
口元には笑みが浮かんでいる。
教会から幾つかの棺が運び出されて行くのが見えた。
「今日死んだ隊員の中には、
私が局長になりたての頃に面倒を見てもらった者がいたんだ。」
薄く笑い、運び出される棺を目で追う。
「気のいいおっさんでな。
屋敷の書斎に篭りがちな私に、実地でのノウハウを教えてくれた。
・・・・それを、私の指示に従ったせいで死なせてしまった。
誰が見ても明らかに私の力不足だ・・・。」
翳みそうな声に思わずセラスは顔をあげる。
「違います!私が・・・
私が至らないせいで・・・足手まといに・・・」
「それは違うぞセラス。」
静かに見つめ返す瞳に、
セラスは射すくめられた様な感覚に囚われた。
「お前は、人間の心を無くさず、
化け物と戦うからこそ意味があるのだ。
かつて人であった者を、もう人では無くなってしまった存在を
討ち果たし、灰に還す事はためらって当然だ。
その心の中にこそ、お前の真の価値があると私は思う。
まぁ、もし必要に迫られたら、お前も厳しく躾ける。
それまでは今のままでも十分だぞ。
・・・・稀有な心を無くさないでくれ、セラス。」

思わず俯いた私の顔を覗き見て、
インテグラ様は少し慌てたみたいだった。
「あぁ、・・・そんな顔をするな。」
がしがしと頭を撫でられる。
絡まっていた金髪が更に絡まり、針山の様に逆立ってしまった。
慌てて髪を整えるセラスに、インテグラは低く笑った。
身を翻し、ベンツへと乗り込むインテグラを
改めてセラスは真正面から見つめた。
音を立てて閉まるドアの音と、エンジンの音が重なり響いた。
『神と・・・貴女に誓って、
貴女が・・・もうそんな想いをしなくて済む様に・・・
私は強くなりたい。他の誰よりも。』
遠くなってゆく車を、セラスは苦しげに見つめていた。




セラスは本当に奇跡の様な子だと思うんです。