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「あら、エリオット。どうしたの?何か用?」

軽く部屋の扉をノックする音に、読んでいた本を閉じて、顔をあげる。
扉の隙間から、黄色いウサギ耳が覗いている事から、訪問者は直ぐに特定できた。
「アリス。悪りぃんだけど、ちょっといいか?」
聞いてきたのに隣に強引に座り込んできた男に、アリスは軽く溜息をつく。
「少しだけなら大丈夫よ。どうしたの?」
答えた瞬間、エリオットは持っていた書類をどさりとテーブルの上に置いた。
それに押し出される様にして積み重ねていた未読の本が転がり落ちる。
「実は・・・これをあんたに覚えていて欲しいんだ。
帽子屋ファミリーの極秘事項がちょっぴし書いてあるから、口外禁止だぜ。」
人差し指を立てて片目を瞑り、アリスに話しかける。
どこか楽しそうなエリオットに、胡散臭さそうにアリスは書面を一枚手に取った。
確かに帽子屋ファミリーが最近奪った土地リストや上納金の回収推移
何の取引だか知らないが(知りたくもない)顧客リストまである。
「晴れて女ボスになったんだからな!
こんくらいの事は頭に入れとかねぇとアリスも困るだろ?」
困らない。絶対に困らない。誓ってもいい。
無理矢理結婚させられたのに
なんでこんな事まで覚えさせられなければならないのか。
書面から目を離し、半目でエリオットを睨みつける。
エリオットのいつもふよふよしている耳が今はピンと立っている。
ヤバイ。長期戦になる。
話が始まる前に何とかして逃げようと、頭をフル回転させる、が。

遅かった。
エリオットは生き生きとアリスに分りやすいように書類を組み立て直している。
「・・・ねぇ、エリオット。
私喉が渇いているから、先にお茶でも飲みたいんだけど。」
「いいぜ!実は丁度、俺のお気に入りの茶葉が手に入ったんだ。
あんたに飲ませてやるよ。ニンジンフレーバーティー♪♪
ニンジンの甘みがふわっと良い匂いなんだ、それで・・・」
「いい。やっぱりいいわ。続けて頂戴。」
もっと嫌な状況に追い込まれそうになって、慌てて話をぶった切る。
残念そうに目を伏せるウサギに騙されてはいけない。
アリスはクッションを抱いて、ソファに身を凭れさせた。
こうなったら、全部聞き流してしまおう。
私はマフィアの女ボスになった気はさらさら無いのだから。
大方、ブラッドの差し金なのだろう。

エリオットを遣すなんてブラッドは本当に頭がいい。
「えー・・・、コホン。
じゃぁ早速本題へ入るぜ。
顧客リストや上納金の仕組みについてはおいおい説明するとして、
まずは敵対する組織についてだ。」
いきなりきな臭い。アリスは眉をしかめた。
そんなアリスをみて、エリオットは軽く笑顔を作った。
「大丈夫だ、アリスは俺達の中でも精鋭揃いの奴らが護衛してるからな!
怖い事なんて何も無いぜ!安心しろよ!!」
全く違う方向に解釈したウサギに反論する気も起きず、頷く。
「で、特に気をつけてほしい奴らがこいつら。
顔なしだけど、最近ブラッドが壊滅的な打撃を与えたから報復の可能性がある。」
ぱらぱらと写真や簡単なモンタージュをアリスに見せる。
流石天下の帽子屋ファミリーだけあって、敵が多い。
ブラッドと同じくらいの歳に見える男に目が留まる。
金髪で色白。堅気の顔立ちはしているけどそうじゃないのだろうか?
「随分若く見えるけど、この人もマフィアのボスなの?」
軽く写真を振り、興味本位でエリオットに尋ねる。
写真を見て、何か嫌なものを思い出したようにエリオットは顔をしかめる。
「あぁ。今は車椅子だと思うが、用心に越した事はねぇ。」
「ふーん、分ったわ。気をつける。」
あの同意も何も無い、常軌を逸した結婚式から
アリスはおちおち外も一人で出歩けなくなった。
常に視線を感じたし、火薬の匂いにも慣れてしまった。

「簡単な特徴を書いたメモを置いておくからな。
あと、そいつらの銃の薬莢にも特徴があってな。
あんたはもう知ってるかもしれねぇが、
城と遊園地の勢力の奴らも薬莢に独特な刻印をしてる。」
そう言って、エリオットはポケットから幾つか薬莢を取り出した。
テーブルに置くと、軽く金属音を響かせてかち合った。
「これはその金髪の男の組織のモン。
それからこっちは城と、遊園地の勢力の奴らの。
それぞれ王冠と音符の刻印が大抵は刻まれてる。」
恐る恐る薬莢に触れたアリスは、その冷たさにひやりとした。
「・・・以外に重みはあるのね。」
「そりゃぁな。遊園地のおっさんが使ってるライフルなんて
自分仕様にカスタマイズしてっから、頭でも打たれるとはじけ飛ぶぜ。」
なんでそんなこ事を知ってるのかとは流石にアリスは聞けなかった。
「ちなみにエリオットが使ってる弾ってどんなのなの?」
ふと、思いついた事が口からこぼれてしまった。
エリオットはおもむろにホルスターから自前の銃を抜き取り、
チェンバーから装填された弾を取り出した。
「コレだ。この間、デザインが変わったんだ!」
カッコイイだろ?とでもいうように誇らしげにアリスの手のひらへ乗せる。
鈍色に光る銃弾の底に何かアナグラムじみたマークが見える。
「前は薔薇のマークだったんだ。
でも今はブラッドが考案した超カッコイイマークなんだぜ。」
始めは聞き流していたアリスだが、
しばらくするとその場に凍りついた。
微かに薬莢を持つ手が震えている。
アリスの様子に気付いたエリオットが声をかけるが、
全神経を張り詰めさせたアリスには全く聞こえていない。
明らかにブラッドのBと、私の名前のAを組み合わせたものだ。
冗談じゃない。こんな馬鹿なものを乱射されては、
アリスがますます堅気の枠から孤立してしまう。
我知らず、握り締めた拳がエリオットの薬莢を圧迫する。
「お、おい。そんなに握り締めたら危ないぜ?
・・・どうしたんだ、アリス?」
心配そうに屈み込み、顔を覗き込むエリオットに真顔でアリスが問いかける。
「・・・これって、支給されてからどれくらい経つの?」
「んー、あんたとブラッドが結婚式を挙げた頃くらいかな?」
エリオットが使っているということは、帽子屋ファミリーひいては
ブラッド本人が使っていると言う事だ。
最近ブラッドは抗争で忙しいから、
もう既に国中にこのマークが広がっているはずだ。
ブラッドは組織同士の抗争の中でも
私が帽子屋ファミリーの女ボスになったと広めるつもりなのか。
・・・・勘弁してくれ。
徹底的に相手を囲い込むのが得意な男の考えそうな事だ。
ブラッドのしてやったりという笑顔が脳裏に浮かぶ。
こうなったらあの男の眉間にでも一発ブチかましてやらないと気が済まない。
無言・無表情で立ち上がったアリスから、エリオットは殺気を感じた。
蹴り飛ばすように扉をあけ、大股に屋敷の奥のブラッドの部屋へ向かう。
慌てて追いかけてきたエリオットに羽交い絞めにされ、
年頃の淑女らしからぬ罵詈雑言を吐き、大暴れした。

男の思惑を含んだこの問題は、しばらくアリスを悩ませる種となったのだった。



絶対ありえないだろうけれど、夫婦そろってマシンガンをぶちかます構図を見てみたい。
(ブラッドはアリスには銃を持たせたくないだろうけど。)