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アレキサンドライト 人間というものは、本当に興味の無い事には度が過ぎると嫌悪感を抱く事がある。 インテグラの場合、それはパーティーだった。 腹のふくれた紳士と鶏ガラの様な淑女の、心にも無いお世辞の言い合い。 着飾った女達に混じって男達の品定めするような視線に堪えなければならない。 実にくだらない。全く持ってくだらない。 出来る事なら関わりたくないが、それは不可能な事だ。 ヘルシング家は新興貴族とはいえ、女王陛下の覚えもめでたい家柄。 今夜の大貴族主催のパーティーには顔見せ程度でも行かなければならない。 話を持ちかけられたアイランズ卿からの達ての希望でもある。 朝からその事が頭の片隅にあって、ずっとイライラしてしまう。 インテグラの仕事着はいつもスーツだ。 かっちりとした服を着ていた方が身が引き締まるし、 何よりあのひらひらしたスカートなぞ着ていると、裾が気になって落ち着かない。 しかもパーティーにはそれこそ拘束着かと思うような 体に密着したドレスを着ていかなければならない。 おちおち足も組めないし、何より走りにくい。 「淑女というものは走らないものだ。」 考えていた事を言い当てられた事に驚いて、従僕の方をみやる。 思わず睨んでしまったのはご愛嬌だ。 「うるさい。私はこういうものは苦手なんだ。」 ショールを胸元にかき集めてインテグラは唸る。 久しぶりに出るパーティーとあって、この服はウォルターが新たにあつらえてくれた。 夜色に近い深い藍色の生地に、美しくスパンコールがラインで入っていて、 見る角度によって淡く光り、横に浅いスリットが入っている。 それに合わせて、裾を緩くフリンジさせたショールを纏う。 足を組むと、横にいるアーカードにしなやかな脚のラインが晒される。 走る車の車窓の光と相まって、危うい色香を帯びる。 「よく似合っている。」 邪な邪念を綺麗に覆い隠し、素直な評価を投げる。 インテグラはさらっと聞き流し、脚を組みなおした。 「エスコートさせてやるんだから 横でグダグダ言ったり、騒動を起こすなよ。」 緩く結い上げた髪からほつれた髪を耳に掛けると、 首元に飾られた宝石がふるりと揺れる。 アーカードの紅い瞳が微かに見開かれ、まじまじと宝石を見つめる。 「何だ!礼儀を知らん奴だな、そんなに胸を見るんじゃないっ!」 胸元にショールをかき集めて、インテグラが怒鳴る。 アーカードはやれやれとでも言う様に首を振り、窓に腕を掛け頭を凭れさせた。 数分後、二人を乗せた車はある邸宅へ滑り込む様に停められた。 今夜のパーティーは独特の格式ばったものをできるだけ 排除したパーティーで、個人の所有する邸宅で開かれる事になった。 ただっ広い庭園を抜けて、人の集まっているエントランスに向かう。 一際背の高い、人間離れした美貌を持つ男と 普段は滅多な事ではこの様な場に現れない新興貴族の若き跡取りに その場にいた多くの人々の視線が集まる。 アーカードは魔眼を隠すように黒いカラーコンタクトをさせているが、 その身から染み出すように滲む魔力に若い淑女達は引き込まれてしまう様だ。 密かにこの男をパートナーとして連れて来なければならなかった 自分の男性関係の交友の無さに溜息出る。 しなだれかかる様に身を寄せた女主人にアーカードは軽く目を見張った。 「何だ、もう疲れたのか。」 「黙っていろと言っただろう。 ・・・・お前はもう屋敷へ帰れ。 出だしの男避けはばっちりだ。後は自分で何とかする。 お前を連れてきたのは間違いだったのかもしれんな。 女どもの視線を引き寄せすぎる。」 入り口で人ごみに酔ったインテグラは軽く溜息をついた。 「・・・・妬いているのか、インテグラ?」 にこりと淑女の笑みを見せながら、高いピンヒールで男のつま先をねじ踏む。 この程度で不死の王が身を引くとは思わなかったが、我慢できなかった。 「いいな、これは“命令”だぞ。アーカード。」 嫌なものをふっきる様に躊躇も無くアーカードから離れ、 人ごみの中へ消えてゆくインテグラを、 アーカードは焼け付くような視線で見つめていた。 (・・・これだから嫌なんだ。) 珍しいものでも見る様な目つきで通り過ぎてゆく人達を横目に、壁に寄りかかる。 (そんなにこの肌の色が珍しいなら面と向かって言え!) この会場に入ってから主に男達からの視線を感じる。 しかも、さっきからダンスの相手にしきりに誘われる。 こんな時、男避けにでもアーカードを先に帰すんじゃなかった、と 溜息をつきつつ、渡されたグラスを傾けワインを喉に流し込む。 インテグラはこういった場において、超人的な鈍感さを見せる。 先程からの視線も、男同士で牽制し合っているのが普通であれば分るのに、 見当違いの方向へ思考が飛んで、男達のアプローチを無に還す。 「こんばんは、ヘルシング卿。いらして下さったんですね。」 淡い金髪の若い男性が人ごみを掻き分け、自分へ呼びかける。 ・・・顔に覚えが無い。 曖昧に笑いながらも必死に頭をフル回転させる。 見るからに躾の行き届いた良い所のお坊ちゃまだ。上級貴族。 「この間は申し訳ありませんでした。 私どもの不手際で卿の機関にご迷惑を・・・、 おっと、この様な場で仕事の話は無粋ですね。」 若干思い出した。 数週間前に共同で化け物殲滅に当たった警察部隊の人間だ。 軍からの引き抜きで、遠いが王室との繋がりのある名家出身。 ・・・・名前までは思い出せないが。 「私どものおもてなしは如何ですか? こじんまりとした邸宅で皆様には心苦しいばかりですが。」 (大貴族主催とは聞いていたが、こいつの家かよ。) 心の中の愚痴を押し殺し、にこやかに男へ微笑みかけるインテグラ。 「お心遣い有難うございます、とても楽しんでいますからお気遣い無く。」 緊張でもしているのか、男はしきりに髪を撫で付ける。 「今夜の貴女は実に魅力的だ。お美しい。 ・・・いかがです?私と一緒に一曲踊って下さいませんか?」 優雅に礼をとられて、正直面倒な事になったとインテグラは思った。 今の今まで、声を掛けてきた男どもには脚を痛めて、とか 踊り疲れてとか(実際一曲も踊ってないが)適当に言い訳をしていた。 すっと手を差し出されて頬が引きつるインテグラは 主催者の申し出を受けるか、神がかった言い訳を早急に考えるかの二択を迫られた。 後ずさりしようにも冷たい壁に遮られ、身動きが出来ない。 何か言おうとインテグラが口を開いたその時、 視界が黒く塗りつぶされた。 「失礼だが、インテグラル殿は私と深い仲でね。 外野の男はお引取り願おう。」 ・・・壁が喋った。 どこかで聞いた事のある、地から響く様な低い声。 いや、・・・これは私の従僕の影だ。 (あいつ・・・帰れと言ったのに・・・っ!) ほんの僅かにホッとしたが、驚きを顔に張り付かせている 若き公爵を庇うようにインテグラは従僕を睨みつけた。 反論しようと口を開いたが、それよりも早く腕を引かれ 硬い従僕の胸元に閉じ込められる。 「他の女でも適当に探すんだな、では失礼。」 興味なさ気に言葉を放りだすと、インテグラの腕を引いて歩き出した。 「あ・・・あの、サー・インテグラル 、 インテグラ!お待ちを・・・」 面食らって、慌てて引き止めようとする男がとっさに呼びかけると、 アーカードは底光りする双の魔眼で睨みつけた。 「・・・インテグラ?主の名を呼び捨てに出来る立場か?おのれは。」 周囲の空気が張り詰めた糸のようにぴんと張り詰める。 成り行きを見ていた諸侯達・女達のおしゃべりがぴたりと止む。 アーカードは面白くなさそうに身を翻すと、 引きずる様にテラスへとインテグラを連れ出した。 一息おいて、インテグラはアーカードに怒鳴りつけた。 「アーカード!貴様という奴はっ・・・! いい加減な事ばかり言いくさって、相手が誤解したらどうするんだっ!」 インテグラの激昂を他所に、従僕は何も無かったかの様に口を開く。 「今日のドレスやアクセサリーはウォルターが選んだのか?」 見当違いな方へ話を持っていこうとする男に、怒りはいや増す。 「っ・・・人の話を・・・!」 ふいに伸ばされた手に、思わず言葉を噤んでしまう。 「アレキサンドライト。 金緑石(クリソベリル)の一種だ。 明るい屋外だと青みを帯びた緑色に光り、暗い室内だと紅く煌く。」 しなやかな首元に揺れる小振りの宝石に手を添え、 なるほど、先程ホールの中では深い緑色をしていた石が、 月明かりの下で、紫色を帯びた赤に変わっている。 だがそれが何だというのか。 「昼と夜では違った顔を見せる。」 意味深に顎を軽く持ち上げられ、インテグラは怪訝そうに見つめ返す。 「・・・お前はこの宝石の様だな。」 この宝石の様に手元にしまい込む事が出来たらどんなにか良いか・・・。」 さらりと首筋を撫で上げられ、悪寒とは違う感覚に身を震わせた。 手袋越しにもわかるその指の冷たさが インテグラの柔らかくねじれた、 押し込められない感情の輪郭をはっきりとさせてゆく。 「・・・言っている意味が解らん。」 「結構だ、我が主。いつか解らせてやろう。」 そう言いながら件の石に口付ける。 インテグラを見やる不死の王は実に楽しそうだった。 それからパーティでインテグラ卿の姿を見かけても、気安くアプローチしてはいけない という暗黙のルールが英国中の紳士に広まったのだった。 |
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