Opposition


ペンウッド卿の招きを受け、インテグラは円卓会議のサロンに顔を出した。
幼少の頃、父に連れられて一度だけ赴いた事があったが、
年寄りの昔話を延々と聞かされ、すっかり苦手になった。
父の膝の上で眠り込んでしまったインテグラは、
御呼ばれがあっても、それっきりサロンへは行かなかった。
しかしもう一人機関の保有する吸血鬼が増えたとなれば
公式な場でなくても円卓の諸侯達に通達しなければならない。
セラスを従えて木作りの大扉を開ける。

今回のサロンはロンドン郊外にある、古い邸宅の一室で開かれていた。
テラスに沿うように作られた大部屋には、
淡い月の光がこぼれるように差し込んでいる。
壁に飾られたランプの光が部屋の中を照らすが、
壁の隅までは照らし出せず、仄暗い闇が部屋の中に残る。
ぱらぱらと部屋の四方に男達が散らばり、声を潜めて談話している。
インテグラは聞き覚えのある声が聞こえた気がして、部屋の隅へ目を向けた。
「君の番だよ、ペンウッド。まだ次の一手が決められないのかね?」
向かい合わせで男が二人、座っている。
テーブルにはチェスボード。
ペンウッド卿らしき人物が背中を向けて俯いている。
「今晩は。ペンウッド卿、そしてウインカー・ブランドン卿。」
洗練された身のこなしで二人のテーブルへ向かう。
自分では精一杯の笑顔で話しかけたつもりだったが、相手にはそう見えなかったらしい。
ペンウッド卿は弱弱しく微笑んでくれたが、
もう一人の男は不機嫌そうに葉巻を噴かす。
ブランドン卿と呼ばれた男は、顔に皺を深く刻み、
ことさらにゆっくりと紫煙を吐き出す。
「これはこれはインテグラ。珍しい顔だ。
君がサロンに顔を出すとは、どういう風の吹きまわしかね?」
品定めをする様にインテグラとセラスを下から上へと視線を滑らす。
後ろに控えていたセラスはその態度にむっとした。
「実は私どもの機関に、もう一人局員として
女吸血鬼(ドラキュリーナ)を迎えるものですから、皆様方にご紹介したいと・・・」
「いつからヘルシング機関は化け物飼育機関になったのだ、インテグラ。
もう既に機関にはアーカードという吸血鬼を飼っているではないか。」

(何このオッサン!むかつく!!)
自らのマスターを侮辱され、怒り心頭のセラスをインテグラがたしなめる。
ブランドン卿は政財界だけでなく、軍にも広く顔が利く円卓会議古参の大貴族だ。
ヘルシング機関の局長といえど、粗相があっては機関の運営に支障が入る。
剣呑な年寄りは相手にしないに限る。
「チェスをされていたのですか?」
「見て分らんか。私の優勢だよインテグラ、邪魔をしないでくれ。」
「つ、つい、賭けに乗ってしまってね。・・・この有様さ・・・。」
ペンウッド卿は顔面蒼白で微笑んだ。

相手方の持ち駒は、クイーンとナイトが1本、
ビショップもルークも2本づつ残っている。
ペンウッド卿の手持ちの駒といえばポーン2本・ナイト・ビショップが1本づつ。
しかもそれぞれがすぐにでも奪い取られそうな陣勢を築かれている。
幼い頃から父と執事にチェスの極意を叩き込まれたインテグラは、
数秒チェスボードを見ただけで、ペンウッド卿の敗北を悟った。
こう見えてもペンウッド卿はチェスが得意だ。名手と言ってもいい。
公式戦で賞を取り、女王陛下の前で拝覧試合をした事もある。
そのペンウッド卿が手も足も出ないのだから、
ブランドン卿は更に知彗に秀でているという事だ。

「こんなもの、苦境にも入らん。」

馬鹿にする様な声と共に、
ずぶずぶとインテグラの影から不死者の男が滲み出てきた。
けだるげに投げつけられた言葉に、
プライドを刺激されたのかブランドン卿が声を荒げる。
「君はチェスのルールを知っているのかね?
これが苦境でなければ、何だと言うんだ。
・・・面白い。ここから状況を好転させる事ができれば、
私からなにか一つ褒美をやろう。
そうだな・・・女王陛下に予算の増額をはかってやろうか。
君の所の機関は財政状況が常に厳しいと聞くからね。」
楽しそうに葉巻を灰皿に擦り付け、足を組む。
完全に上から目線の男に、インテグラは何も言い返せなかった。
ヘルシング機関は確かに鬼札のアーカードの連日の出勤で、
ただでさえ厳しい財政状況が圧迫している。
輸血用血液の請求書や、アーカードが暴れた為に被害にあった
建造物の補修費用・武器、弾薬の供給費用・・・etc
確かに予算の増額ができればそれに越した事はないが、
この状況からは相当な奇跡でも起こらない限り、
白のキングをチェックメイトする事は不可能に近い。

「私が代わろう、インテグラ。」
目線だけでペンウッド卿を椅子から立ち上がらせ、深く椅子に座り込む。
「わ・・悪いね、アーカード、たのん・・・」
「どちらが先行だった。」
ペンウッド卿の言葉を遮り、アーカードが指を駒に添える。
「わ、私が黒で、後攻だよ。」
インテグラの背に隠れながら答える。
添えていた指で駒を掴み、盤上の真ん中へ進める。
カッと音を立てて、駒が組み合う。
アーカードが、ほどけるように敵陣の攻勢を緩ませる。
僅かにブランドン卿の眉が上がる。
面白くなさそうに爪でテーブルを叩く。
「やはり初心者だな。こんな所まで単身ポーンを進めるとは。」
白のクイーンが黒のポーンを無慈悲に奪い取った。
アーカードは表情一つ変えずに次の手を打つ。
「序盤は本の様に、序盤は奇術師の様に、終盤は機械の様に指せ。」
ゆっくりとした動作で、黒のビショップで白のクイーンを奪う。
白のクイーンはあっけなくアーカードの手に堕ちた。
「手勢が多ければ多いほど、下の配下にまでは気がまわらん。
この手駒数は丁度いい。」
ひとつひとつの仕草をつぶさに見たブランドン卿は苦笑いを浮かべる。
「盲点だった。手持ちの駒が少ないのに、
こんな終盤にまさかスキュア(串刺し)がくるとは・・・。」
苦笑いを潜めて、アーカードを睨みつける。
「しかし残念だったな、もうスキュアは使えんぞ?」
白のナイトが黒のビショップを憎憎しげに蹴り倒す。
ブランドン卿は奪った黒のビショップを
アーカードに見せ付ける様に掌でころころと転がす。
「自分の手勢をよく見ろ。貴様には注意力が足らん。」
自分より若く見える小僧に忠告され、卿の顔が引きつる。

「プロモーション(昇格)。クイーンにチェンジさせてもらう。」
皮の手袋が奪われたクイーンを優雅に盤上に戻す。
「プロモーションって何ですか?インテグラ様。」
セラスが小声でインテグラへ問いかける。
「自分のポーンが相手側の陣地の一番深くへ到達すると
ポーン・キング以外の好きな駒に変えられるんだ。
しかし、プロモーションしても相手のルークが控えていると
意味が無いぞ。すぐに奪い取られる。」
腕を組み、目を細めて盤上の形勢をインテグラは読み取る。
そして目だけで笑った。

「小癪な。だが、この状況ではいかんともしがたかろう。
私のルークはまだ生きている。2本もだ。」
鼻で笑い頬杖をつく男に、アーカードは一瞥もくれず駒に手を伸ばす。
「それはどうかな?
ポーンは未知の可能性を秘めた駒だ。
たかが兵士、されど兵士。
使い様によっては騎士にも城砦にも、君主にもなりえる。」
奪ったブランドン卿の駒を片手で弄びながらアーカードは嗤う。
「もっとも、キングが動かんと下も付いてこないがね。」
ふとブランドン卿は手元の駒を見返し、固まった。
プロモーションした駒を取ろうとすると、ルークを動かすしかない。
おのずと白のキングの周りが手薄になる。
しかし白のキングのすぐ傍には黒のナイトが切りかかろうと佇んでいる。
反対側のルークを動かそうとしても自分のビショップが道を阻み、
黒のクイーンを取るにはまた数手かかる。
相手の懐深く、陣地に踏み込んだ黒のクイーンはルークの攻勢を凌ぎながら、
数手でビショップとルークを奪い軽やかに舞い踊る。

形勢逆転。ブランドン卿は窮地に立たされた。
アーカードが仕掛けたツーク・ツワンクの連続で
手持ちの駒は端に追い詰められたキングと
どの様に動いても意味のないビショップ1本のみ。
「ポーン1本とナイト1本だけでこの状況を覆すとは・・・。」
しばらくの沈黙が降り、ブランドン卿は
既に2つの駒からチェックがかかっているキングをゆっくりと倒す。
「ステイルメイトさえ作り出せなかった。私の完敗だよ、インテグラ。」
両手を軽く挙げ、背凭れにもたれかかる。
「新しい吸血鬼の増員も、陛下に私が上手く伝えておこう。」
手元に置いておいたベルでフットマンを呼び寄せ、
グラスとスコッチを持ってこさせる。
「不死者といえど、この男が選んだ眷属だ。
余程の考えがあってその女を吸血鬼にしたのだろう。
今夜は良い顔見せになったな、インテグラ。」
いつの間にか、テーブルの周りには人が集まっていた。
チェスの盤上を指差し講評しあう者もいた。
無言で立ち上がり、おとなしく影に戻るアーカードを、
インテグラは複雑な表情で見つめていた。

「すごかったですね!マスター、頭脳派だとは思いませんでした。」
屋敷へ向かう車の中で、興奮したようにセラスが言う。
「実際に戦地で兵を動かした伯爵には、いくら老兵でも敵わんだろう。」
車窓を眺めながらインテグラは
アーカードのいつもの狂気じみた視線を感じていた。
囚われの身として幼い頃から囲われ、幾度も君主の座に返り咲いた。
裏切りと信仰の間で、形成された人格。
血を啜る鬼と化しても、その深淵の快楽にみをゆだねても、
あの男には捉え様の無い、一貫したものがある。
あの男が何を考え、何を持って、この娘を眷属としたのか。
主人である自分にも全く分らない。
そしてその選択が自分に、ヘルシング機関に、英国に
どの様な影響を及ぼすのか・・・・。

不思議そうに見つめ返す青い瞳にこそ、その答えが隠されているのだろう。





チェスは好きだけど苦手です・・・。
何故相手をキング1本にしても何で勝てないのか・・・。
敵陣におもいっきり突っ込んで玉砕するのが楽しい♪ <待て。